子供の怪我や病気で悩んでいる親御さんも少なくないのではないでしょうか?
子供は身体的にも精神的にも成人と比較して未熟であり、感染症などの身体疾患や適応障害などの精神疾患に罹患しやすい生き物です。
特に、起立性調節障害(OD)は、罹患した子供本人のみならず親御さんのことも苦しめる厄介な病気です。起立性調節障害の病態は、身体の急激な成長に自律神経の発達が追いつかない事だと考えられています。
血圧や脈拍、睡眠、排尿や排便、体温など多くの機能をコントロールしている自律神経が乱れることによって、様々な機能が障害されます。中でも、起立時に血圧を維持できなくなり脳血流が低下することでめまいやふらつきが生じます。
一般的には小学校高学年から中学生にかけて発症しやすいと言われていますが、急激な身長の伸びが比較的遅い時期に来る場合、高校生低学年になって起立性調節障害を発症する子供も少なくありません。
また、起立性調節障害の多くは自然に軽快すると言われていますが、中学生で発症した起立性調節障害がそのまま改善せずに、高校生になっても症状が継続している子供もいます。出現する症状が多彩であり、貧血やうつ病、適応障害などと誤診されることも多いです。
さらに治療においては、症状を改善させるような特別な治療法や治療薬は存在せず、とても厄介な病気と言えます。そのため、個人個人の身体に合った非薬物療法(薬を使わない治療)を模索して実践していく必要があります。
そのため、他の起立性調節障害の子供の体験談は治療する上で非常に参考になると思います。
本記事では、多くの起立性調節障害の子供に対して医師として診療してきた筆者が、実際に起立性調節障害の治療に取り組んだ患者様を例に実体験をご紹介いたします。これによって少しでも起立性調節障害に苦しむ皆さんの一助となれば幸いです。
起立性調節障害を患っていた「E.O」さんの特徴
私が診察させていただいたE.Oさんは、当時高校1年生の女の子でした。中学生時代から成績は優秀で、テニスなどの部活動にも積極的に取り組む子供でした。性格は、比較的控えめな子供だったそうです。
親御さんから聞く本人の性格は、穏やかで真面目というよりも生真面目な子供だそうです。筆者と初めて対面したときも控えめな印象を受け、暗い表情でありテニスをしている姿はあまり想像が付きませんでした。
出生後の発育や発達にも異常は認めず、生まれてからというもの大きな病気にかかった経験はありません。中学3年性から高校生なる1年間で、身長は10cmほど急激に伸びていたそうです。
起立性調節障害を患ったきっかけ・症状・対策・経過等
E.Oさんが最初に症状を自覚したのは高校1年生の4月でした。進学先の高校に入学して間も無くであり、まだ新しい高校生活に馴染めていない時期だったそうです。家からはやや遠い高校であり、通学は電車を利用していました。
ある日、通学のため電車内で立っていると、突然我慢できないほどの嘔気と全身の倦怠感を自覚したそうです。その症状は立っているのも我慢できないほどであり、その場でしゃがみ込んでしまったそうです。
その時はどうにか電車の椅子に座り、しばらくすると症状が改善しました。学校の最寄り駅で立ち上がったところ、再び症状が出現したため、親御さんに連絡を取って駅まで迎えに来てもらい、学校はお休みしました。
午後になると症状が改善したため、その日は自宅で経過を見ることになりました。この時、E.Oさん親子は食あたりか何かだと考えていたそうです。しかし、翌朝になるとベッドから起き上がるだけで同じ症状が出現するようになっていました。
そこで、翌日には近隣のクリニックを受診し、そこでは問診や身体診察、心電図検査、血液検査などが施行されました。しかし、これらの検査結果には全く異常を認めず、ここでの診断は新しい環境に馴染めないことによる「適応障害」と言われてしまったそうです。
抗不安薬などの処方を受けその日は自宅に戻りましたが、それ以降学校を休んでいるにも関わらず起床後の嘔気、倦怠感に襲われるようになり、治療開始後も症状は改善するところか悪化していく一方でした。
治療開始から1週間ほど経過すると、症状が午前中に強く夕方以降になると改善すること、午前中も立ち上がらなければそこまで症状が強くないこと、症状が出た時は横になれば改善することなど、いくつかの法則に気付いたそうです。
これらの法則を元にインターネットで検索してみると、適応障害よりもむしろ起立性調節障害という病名がよく出て来たため、クリニックに相談した上でセカンドオピニオンとして筆者の元に受診する運びとなりました。
その際、すでに発症から2週間以上が経過しており、前医で処方された抗不安薬の内服の影響もあってか、なかなか朝起きられなくなっていました。まずは確定診断のために、血液検査、心電図検査、新起立試験などを行いました。
前医同様、血液検査や心電図検査でこれといった異常は認めませんでしたが、新起立試験で起立時の血圧低下と脈拍の変化を認め、起立性調節障害と確定診断を下しました。まさにE.Oさん親子の検索通りの結果でした。
起立性調節障害がうつ病や適応障害などの精神疾患に誤診されることは何も珍しいことではありません。起立性調節障害そのものは身体疾患ですが、精神的ストレスによって自律神経が乱れると症状が増悪するため、誤診されやすいのです。
起立性調節障害の診断がついたため、まず前医で処方された抗不安薬は中止としました。抗不安薬はかえって症状を増悪させてしまう可能性があるからです。次に、起立性調節障害という病気の仕組みについて、入念にお伝えしました。
冒頭でも述べたように、起立性調節障害は自律神経が乱れることで起立時に脳血流が低下してしまう身体疾患です。起立性調節障害の治療に際しては、まずこの病態を本人や周囲にしっかりと理解していただく必要があります。
E.Oさんの場合、中学3年生の時に急速な身長の増加、さらに高校入学に伴う精神的ストレスなどが重なって、自律神経が乱れたことが発症の主な要因であると考えられます。身体の成長がある程度収まるまでは、非薬物療法を実施していく必要があります。
起立性調節障害に対する治療においても最も重要な治療は、非薬物療法です。普段自動で調整されていた脳血流が起立性調節障害によって低下してしまうため、脳血流を維持するように日常生活から気をつける必要があります。
実際に筆者がE.Oさんに勧めた非薬物療法としては、十分な栄養素を摂取する食事療法、起床時に脳血流が下がらないための立ち上がり方、起きてからの自分に合った時間割の作成です。
起立性調節障害に対する食事療法は一定の効果が認められています。これは、自律神経の発達に必要不可欠な栄養素の摂取が子供の場合不十分である可能性が高いからです。具体的に必要な栄養素としては、タンパク質、鉄分、ビタミンなどが挙げられます。
特に思春期の女児は体型に対するこだわりも強く、過度なダイエットを敢行してしまう子供も少なくありません。その結果、筋肉や神経の発達が遅れると起立性調節障害の症状を悪化させてしまうため、適切な食事で補っていく必要があるのです。
また、それとは別に起立性調節障害の症状が進行してから嘔気に悩まされ、食事や水分摂取を控えるようになってしまう子供もいます。この年齢の子供に食事療法を行う場合は親御さんの協力が必要不可欠であるため、親御さんにも十分理解してもらうように説明しました。
次に、対策として立ち上がり方にも気をつけるように指示しました。普段通りベッドから立ち上がってしまうと、体内の血液が一気に下肢に取られてしまい、脳血流が低下してしまうため、脳血流が低下しないように立ち上がることが非常に重要です。
まずベッドの上で立ち上がる前に座位になり、症状が出ないか確認するように指示しました。また、急に立ち上がるのではなく30秒から1分ほど時間をかけてゆっくり立ち上がるように指示しました。
さらに、立ち上がった後もやや前傾姿勢を保ち、少しでも頭を低いところに置けるように行動するように伝えました。長時間の立位の際には、脳血流が低下しやすくなってしまうため、症状が出現した時は両足をクロスさせて下肢に血流が取られないようにするよう指導しました。
最後に、自宅で過ごす際の自分なりの時間割を設定して過ごすように指導しました。普段の学校のようなスケジュールでは活動できないにせよ、自宅内でもある程度自分の行動に時間を設定しておくことで規則正しい生活を守ることができます。
朝起きる時間、起きてからの行動、日中の過ごし方、夜の就寝時間など、事前に守れる範囲での目標設定をしてもらい、それに沿って行動してもらうようにしました。
9時に起床して、起きる前に内服薬を500mlの水で飲み、9時半まで待ってから起き上がる、のように細かく時間と行動を設定しました。
治療開始から2ヶ月間は症状がなかなか改善せず時間割を守れない日もありましたが、3ヶ月頃から徐々に起立時の症状が改善し、元々の真面目な性格もあり、私の提案した非薬物療法をしっかりと実践してくれました。
夏休みに入る直前にはどうにか通学も可能になり、夏休み中も自宅で時間割に沿った行動を継続してもらいました。同時に食事療法も継続し、親御さんの協力もあって十分な食事摂取が得られていました。
夏休みが終わり、9月からは発症前のように通学が可能となり、約半年の治療期間を持って治療は終了となりました。
効果があった対策
E.Oさんの場合、非薬物療法の中でも食事療法と時間割の設定が非常に効果的であったと感じています。もともと食事が細かった上に、起立性調節障害によって嘔気が出現したため、治療開始前はかなり食事摂取量が低下していました。
親御さんの協力もあり、十分な食事療法が実施できたことで症状が改善しました。また、時間割に沿って行動してくれた点も治療効果を得る上で非常に効果的であったと感じています。
もともとご自身で検索して起立性調節障害を疑っていたため、非薬物療法を実施する前から起立性調節障害に対する知識や理解があった点でも、非薬物療法に対する意欲やモチベーションが高かったように感じます。
まとめ
今回は、筆者が診療させていただいた起立性調節障害のE.Oさんについてご紹介しました。
E.Oさんのように起立性調節障害を高校生で発症する方も少なくありません。義務教育の中学生とは異なり、高校生の場合は成績によって進学にも影響が出てしまう可能性があり、治療経過が人生を左右する可能性もあります。
E.Oさんの場合は、真面目に非薬物療法を実践し、間に夏休みを挟んだこともあってそこまで学業に遅れを来さずに済みました。起立性調節障害の治療においては、やはり非薬物療法が重要であることを再認識させられる一例でした。
起立性調節障害は症状や経過が人によって異なるため、多くの体験談を知ることがみなさんの治療の糸口になるやもしれません。下記記事では他の体験談についてよくまとめられています。ぜひ参考にしてみてください。