皆さんは起立性調節障害(OD)をご存知でしょうか?
起立性調節障害は急激な肉体の成長に対して自律神経の成長が追いつかず発症する身体疾患です。特に身体の成長が盛んな小学生高学年から中学生で発症しやすい病気と言われています。
しかし、中には中学生高学年や高校生で発症する子供や、中学生で発症して改善しないまま高校生になってしまう子供もいます。全体を通して約10%の子供が発症すると言われているため、頻度を考えると決して他人事ではありません。
起立性調節障害の病態ははっきりと解明されている訳ではありませんが、急激な肉体の成長によって脳と心臓の距離が離れていく一方で、交感神経や副交感神経などの自律神経の成長が追いつかないことで脳血流が低下してしまうことが主な原因だと考えられています。
自律神経は血圧や脈拍、体温、睡眠、内臓の運動など、人体の様々な生理機能を調整する役割を担っています。本来であれば、脳血流の低下を察知して自動で交感神経を活性化させ、心臓を動かしたり血管を収縮させることで脳血流を維持するように働きます。
しかし、起立性調節障害では交感神経がうまく活性化しないため、脳血流が低下してしまうわけです。特に、起立時や起床時は血液が重力に伴って下肢に多く流れていくため、脳血流が低下してしまい、めまいやフラつきなど様々な症状をきたします。
起立性調節障害の厄介な点は、子供によって出現する症状にばらつきがあること、特別な治療法など存在せず有効な治療法にも個人差があること、学校生活に支障をきたし進学や進級に影響を及ぼすことなどが挙げられます。
そのため、起立性調節障害に対しては早期発見、早期治療が望ましく、様々な非薬物療法を実践して治療を進めていく必要があります。そこで、他の起立性調節障害の子供の体験談は非常に参考になると思います。
本記事では、多くの起立性調節障害の子供に対して医師として診療してきた筆者が、実際に起立性調節障害の治療に取り組んだ患者様を例に実体験をご紹介させて頂きます。これによって少しでも起立性調節障害に苦しむ皆さんの一助となれば幸いです。
起立性調節障害を患っていた「R.N」さんの特徴
私が診察させて頂いたR.Nさんは、当時高校3年生の女の子でした。中学生時代から優秀で高校生になってもクラスでも1、2を争うほど勉強のできる子供だったそうです。大学受験のために日々勉強に励んでいました。
親御さんから聞く本人の印象は努力家で勤勉、家庭で母親と友達のように会話してくれる子供だったそうです。筆者と初めて対面したとき、かなり消耗している印象でしたが、症状などを自分の言葉でしっかり伝えてくれたのが印象的でした。
出生後の発育や発達にも異常は認めず、風邪や腸炎をたまに患うくらいで、現在まで問題なく育ってきました。アレルギーや乗用薬なども認めず、健康そのものという印象でした。
起立性調節障害を患ったきっかけ・症状・対策・経過等
R.Nさんが最初に症状を自覚したのは高校3年生への進学直前でした。進学校に通うR.Nさんは高校3年生での大学受験に向けて、春休みを利用して毎日塾に通っているところでした。
ある日の午前中、塾に通うために電車に乗っていると、なんの前触れもなく景色が回転するようなめまいが出現し、そのまま意識が遠のくような感覚に襲われて倒れてしまったそうです。どうにか電車内の椅子に座りましたが、強い嘔気を自覚したため次の駅で降りたそうです。
下車した駅員に声をかけ、駅の休憩室で横にさせてもらうことにしたそうです。約30分後には母親が迎えに来てくれたそうですが、その時にはある程度症状が改善していたため、車で自宅に帰ることになりました。
親御さんは病院への受診を勧めましたが、すでに症状が改善傾向であったため、R.Nさんはその日は病院を受診せず、自宅で経過を見ることにしたそうです。実際に夜になると症状は改善し、ただの立ちくらみかと思っていたそうです。
しかし、翌朝はベッドから立ち上がった時点ですぐに症状が出現し、めまい、気分不快感、全身倦怠感、嘔気などを認め、流石に異変を感じたため、近所の内科クリニックを受診することにしたそうです。
内科クリニックでは問診、身体診察、心電図検査など実施され、貧血の疑いがあるとのことで血液検査も追加で実施されました。その結果、軽度の貧血を認めたため、生理に伴う「鉄欠乏性貧血」と診断されたそうです。
鉄剤を処方されその日から内服を開始しましたが、症状は改善するどころか、むしろ悪化していき、受診から3日後には朝から立てなくなってしまいました。不安を感じたR.Nさんは比較的症状の改善する午後に再度クリニックを受診しました。
もう一度血液検査を行った結果、貧血は著明に改善しているにも関わらず症状が悪化しているため、貧血よりもむしろ自律神経系の疾患の可能性が高いと言われたそうです。生理は終了していたため鉄剤の内服は中止となりました。
貧血は血液中の赤血球が少ない状態を指し、起立性調節障害と同じような症状を引き起こす上に、起立性調節障害の症状を悪化させる病気でもあるため、誤って診断されることの多い病気です。
そこで、セカンドオピニオンとして筆者の元に受診する運びとなりました。これまでの経過や経緯を伺い、起立性調節障害を強く疑う所見であったため、確定診断のために血液検査、心電図検査、新起立試験などを行いました。
血液検査や心電図検査でこれといった異常は認めませんでしたが、新起立試験で起立時の血圧低下と脈拍の変化を認め、起立性調節障害と確定診断を下しました。
受診時は発症から1週間も経過していませんでしたが、すでに立ち上がるのさえ困難なほど症状が強く出ていて、通塾や勉強などを行うのも難しい状況でした。受験を控えており、自分の病状に不安を強く感じている様子でした。
R.Nさんからも、どれくらいで治るのか聞かれましたが、起立性調節障害は人によって治療経過が異なるため、受験に影響するほど長期間長引くのか、短期間で改善するのかは治療が始まってみないとわかりません。
そこで、少しでも効果的な治療を行えるように、まずは起立性調節障害という病気の病態や治療法などについて入念に説明しました。原因がわかって少し安心している様子だったのが印象的でした。
R.Nさんの場合、治療が長引けば長引くほど学業への支障をきたし、それがストレスになれば自律神経の乱れに繋がり、さらに病状を悪化させてしまう可能性があります。そのため、極力早期から積極的に治療を行なっていく必要があります。
ストレスは起立性調節障害の直接的な原因にはなりませんが、起立性調節障害の患者がストレスに晒されれば症状が増悪することは珍しくありません。そのことを本人や親御さんにはしっかりと理解してもらいました。
その上で、実際に筆者がR.Nさんに勧めた非薬物療法としては、しっかりと栄養のある食事を摂取すること、症状次第では積極的に動くこと、学業を行うために工夫することです。
R.Nさんの場合、春休みに入ってからというもの塾で食事する機会が多く、コンビニやファストフードで購入した食品を食べる日々が続いていました。そのため、自律神経の成長に必要な栄養成分が欠如していた可能性があります。
また、発症してからは嘔気のせいで食事摂取量が低下しており、消耗している印象もありました。どちらにせよ、起立性調節障害を治療するには好ましくない食生活であったため、意識的な改善が必要だと判断しました。
そこで、治療開始当初は基本的に自宅で食事を摂る機会が多くなるため、親御さん協力のもと、しっかりと栄養のある食事を摂取するように指示しました。
具体的には、高タンパク、高ビタミン、高ミネラルの食事です。タンパク質の多い肉や魚、豆腐などを中心に、緑黄色野菜をしっかりと摂取するように指示しました。
次に、R.Nさんには自宅内でも軽い運動を行うことを指示しました。脳血流低下の原因となる下肢への血流は、下肢の筋肉が収縮することで減らすことができます。しかし、消耗して動かない時間が続いてしまうと、筋肉が落ち血流が取られやすくなります。
R.Nさんの場合、食事摂取量の低下や運動量の低下で筋肉が衰えていたため、少なくとも症状が緩和する午後から夕方にかけて、可能な範囲で足腰を動かすような運動を行うように指導しました。
また、運動は自律神経のバランスを整える効果もあるため、起立性調節障害の改善が期待できます。注意点としては、症状があるうちに激しい運動を行うと症状が再燃し、かえって逆効果になってしまう点です。
そのため運動を行う際は親御さんと一緒に、午後から夕方にかけて、スクワットなどを中心に行うように指導しました。
R.Nさんにとって非常に大切な学業についても、起立性調節障害と向き合いながら同時並行で行なっていく必要があります。R.Nさんにとっては学業の遅れはストレスになるため、起立性調節障害の治療を行う上で最も重要な要因でした。
そこで、まずは親御さんを介して学校と連携し、勉強の資料などを自宅に送ってもらうように手配しました。また、学校復帰後にも学校で休めるようにスペースを確保してもらうようにしました。
また、自宅での勉強法についても指導しました。長時間の座位は下肢に多く血流が取られてしまうため控えるようにし、なるべく頭が低い位置に来るように床に座って勉強するように伝えました。
高校3年生に進学直前の発症であり、治療に時間がかかってしまった場合は受験どころか最悪3年生を卒業できない可能性があることも、親御さんにはお伝えしました。
以上の非薬物療法を実施しましたが、治療開始当初は症状が強く、食事や運動などの非薬物療法がなかなか実践できませんでした。しかし、勉強に関してはある程度できるようになり、精神的には落ち着いていました。
治療開始から1ヶ月が経過した頃、徐々に夕方のストレッチを行うようになり、食事摂取量も増加してきました。しかし、症状が残っていて通学は難しく、友人が授業の資料を家に届けてくれていました。
治療から2ヶ月が経過した頃には、ようやく午後から授業や塾に参加できるようになり、午前中もあまり症状に苦しむようなことは減ってきました。6月には朝からの通学が可能となり、治療も終了しました。
結果的に、どうにか出席日数が足りたため高校3年生の進級は問題なく無事に卒業できました。しかし、勉強の遅れがあったため第一志望の大学には受かることができず、1年間浪人することになりました。
効果があった対策
R.Nさんの場合、受診時は食欲が低下し、筋力も低下していた状態で、自律神経のバランスが不安定になりやすい状況でした。そのため、食事療法や運動療法が症状改善に一定の効果を示したと感じています。
また、受験を控え高校3年生になったR.Nさんにとって学業はとても重要な問題であり、どのように学業の遅れを防ぐかについて対策できた点でも有効な治療を行えたと実感しています。
まとめ
今回は、筆者が診療させていただいた起立性調節障害のR.Nさんについてご紹介しました。
起立性調節障害は小学生から中学生にかけて発症しやすい疾患ですが、R.Nさんのように高校生で発症することも珍しくありません。特に高校生後半での発症は受験や就職に影響するため、病気とうまく向き合っていく必要があります。
R.Nさんの場合、治療への高いモチベーションを持って非薬物療法に取り組んでくれたため、当初予想したよりも短期間で症状が改善しました。
しかし、比較的短期間で改善したR.Nさんでも受験に影響が出てしまい、1年浪人することになりました。起立性調節障害を発症する時期によって、将来にも影響する病気であることを再認識する一例でした。
起立性調節障害は症状や経過が人によって異なるため、多くの体験談を知ることがみなさんの治療の糸口になるやもしれません。下記記事では他の体験談についてよくまとめられています。ぜひ参考にしてみてください。