「朝起きると体調が悪くて動けない」「夜になるにつれて元気が出てきて寝つきが悪い」このような症状にお悩みの子供は起立性調節障害(OD)の可能性があります。
ODは急激な肉体の成長に対して自律神経の成長が追いつかないことで、起立時や起床時に脳血流が低下してしまう病気のことです。本来であれば交感神経が活性化するべき午前中に活性化しないため、朝はなかなか起きることができなくなります。
その一方で、午後になると遅れて交感神経が活性化してくるため、身体や精神が活性化して寝付きが悪くなってしまいます。その結果、通学などに支障が出て、中には進級や進学も難しくなってしまう子供もいます。
本記事では、多くのODの子供に対して医師として診療してきた筆者が、実際にODの治療に取り組んだ患者様を例に実体験をご紹介いたします。これによって少しでもODに苦しむ皆さんの一助となれば幸いです。
起立性調節障害を患っていた「H.Y」さんの特徴
私が診察させて頂いたH.Yさんは、当時中学3年生の女の子でした。中学生活で2年半続けてきたバスケットボール部を引退し、中学受験に向けて学校や塾で勉強する日々を送っていました。
親御さんから聞く本人の印象は、友達が多く社交的なタイプで、あまり物怖じしない性格だそうです。筆者と初めて対面したときの印象も親御さんの話と相違なく、自分の症状を自分の言葉で伝えてくれる子供でした。
出生後の発育や発達に異常は認めません。アレルギーや常用薬などは特にありません。当時は部活を引退した直後で勉強が進んでいなかった分、受験勉強に追われて夜更かししてしまう日も多かったようです。
起立性調節障害になったきっかけ・症状
H.Yさんが最初に症状を自覚したのは中学3年生の9月でした。当時は夏休み明けで、部活動を引退して受験のために毎日夜遅くまで勉強していたそうです。夏休み中は夜更かしのせいで朝起きられないことも多かったそうです。
ある日の朝、起床時から全身に倦怠感を感じていたそうですが、そこまで強い症状ではなかったためそのまま通学していると、歩行中に突然のめまいとふらつきに襲われたそうです。この時はその場にしゃがみこんでしまいました。
その場にしゃがみこんでいると、近くを歩いていた人が救急車を要請して近隣の病院に救急搬送されたそうです。病院では問診や身体診察、心電図検査、胸部レントゲン検査など実施されましたが、これと言った異常は認めませんでした。
すでに症状も改善傾向にあり、主治医からは「寝不足による過労」と言われてその日は帰宅したそうです。帰宅後は自宅で寝て過ごし、夕方に起きた時にはほとんど症状を認めなかったため、医師の診断通り疲れが溜まっていたとしか感じなかったそうです。
しかし、翌朝起床して立ち上がると前日よりもさらに強い倦怠感を自覚し、その場で立っていられないほどのめまいが出現したため、親御さんに伝えて学校を休むことにしました。その日は午前中のほとんどを寝て過ごしたそうです。
夜になると前日と同様に体の調子が改善して、ほとんど通常と変わらないほどであり、午前中を寝て過ごしたこともあってなかなか寝付けなくなってしまいました。結局深夜まで勉強をして明け方まで起きていたそうです。
このようにして睡眠時間がどんどん後ろにずれ込んでいき、2日間連続で学校に通学できなくなってしまったため、流石に異変を感じたH.Yさん親子は救急搬送された病院を再受診することにしました。
前回からの経過も含めて、自律神経系の疾患の可能性が高いと判断し、血液検査や心電図検査、胸部レントゲン検査など行い、新起立試験を経てODと診断されるに至りました。
この時認めていた症状は、起床時のめまいやふらつきと、それに伴う睡眠障害でした。具体的には、夜間の入眠困難と朝の起床困難を認めている状態でした。
治療内容・治療後の経過
まず最初に、本人や親御さんにODという病気についてしっかりと理解してもらうために、病気の原因や症状が出る理由などを詳細に説明しました。これらの理解があるかないかで今後の治療の成果は大きく変わってきます。
特に、午前中に起きられらない子供に対してつい叱責してしまう親御さんも少なくありませんが、ODは気持ちの問題ではなく身体疾患であり、風邪や腸炎と同じように気合いで治せるものではありません。
逆に、叱責してしまうと子供にストレスを与えてしまい、自律神経がさらに乱れる原因になるため、不用意な叱責は避けるべきです。これらを理解した上で、ODに対する主な治療として非薬物療法を行なっていきます。
ODに対しての特効薬などは存在せず、薬物以外の治療方法である非薬物療法が主な治療法になります。日常行動から脳血流が低下しないように意識して、自律神経や睡眠リズムの乱れを改善し、少しでも症状が出ないように体を作り変える治療法です。
実際に筆者がH.Yさんに勧めた非薬物療法としては、睡眠リズムを整えること、脳血流が低下しないように立ち上がること、受験について相談することの3つです。
まず、H.Yさんは無理のある勉強方法でもともと睡眠リズムが乱れていました。それに加え、ODを発症したことで午前中に症状が強く、午後になると元気になるため、夜型の生活にシフトしてしまいました。
そこで、夜にしっかり入眠できるよう、朝起きたらまず太陽の光を浴びるように指導しました。太陽光には体内時計をリセットして、狂った生活リズムをもとに戻す効果があるからです。
次に、食事もできる限り規則正しい時間に摂取するように指導しました。食事も体の生活リズムをもとに戻す1つの要因だからです。また、夜は22時以降スマホやテレビの画面を見ないように指導しました。
スマホなどの画面から発せられるブルーライトの刺激は、睡眠を誘うホルモンであるメラトニンの分泌を抑制する働きがあることが知られているからです。
次に、脳血流が低下しないように日常行動から気をつける必要があります。具体的には、朝すぐにベッドから起き上がらずに、上半身だけ身を起こし、問題なければ片足ずつベッドから下ろしていきます。
両足を床につけても問題なければ、30秒から1分ほどかけて慎重に立ち上がります。また、立ち上がった後も前傾姿勢を保ち、脳血流が少しでも低下しないように工夫してもらいました。
さらに、H.Yさんの場合勉強するために長時間椅子に座り続けていたため、下肢に血液が流れ込みやすい態勢でした。そこで、勉強する時は机ではなく、床にクッションを敷いて勉強するように指導しました。
また、立ち上がった後に症状が出そうなときは、両足をクロスして鼠径部の動脈を絞り上げ、下肢に血液が多く取られないようにするように指導しました。
次に、受験について学校や親御さんに相談するように指導しました。中学3年生の9月に発症したため、受験まで半年もない中、ODの治療と並行して受験勉強を行うことは相当なストレスになります。
ストレスは自律神経の乱れを生み、ODの症状を悪化させてしまうため、受験と治療を同時並行するのは難しい可能性がありました。また受験勉強で夜更かししてしまうことも多く、治療を遅らせる原因でもあります。
相談した結果、まずは治療を最優先し、受験勉強は無理のない範囲で行い、受験時期に治っていたら受験を検討するという方針になりました。
H.Yさんにはこれらの非薬物療法を実践してもらい、受験勉強よりも非薬物療法の実践を最優先に行動してもらいました。立ち上がり方を変えたことや受験勉強のストレスが減ったことで症状は出にくくなりました。
しかし、睡眠障害はなかなか改善せず、朝はどうにか起きれても夜は寝付けない日々が続いていました。治療開始から2ヶ月が経過しても睡眠障害に改善が見られず、本人も悩んでいたため光療法を導入しました。
光療法とは、午前中に特殊な器具を用いて脳に光刺激を与え、乱れた体内時計をリセットする治療法です。また、光刺激によって体内ではセロトニンというホルモンが分泌されます。
夜になるとこのセロトニンが原料となってメラトニンが生成されるため、より自然な睡眠を促す作用が期待できます。
11月に開始した光療法ですが、効果を示したのは1月頃でした。徐々に就寝時間が元の時間に近づいていき、朝の起床困難も少しずつ改善されていった印象でした。自然な眠気を自覚できたことで自信もついているようでした。
睡眠障害と起立時の症状は徐々に改善していきましたが、もともと志望していた高校への受験は諦め、病気と付き合っていくためにも通信制の高校への進学を決断されました。
効果があった対策
H.Yさんの場合、中学3年生とやや遅めの発症であり、治療が間に合わず高校受験に影響を及ぼしてしまいましたが、早期に親子間で受験との向き合い方を相談できた点は治療の上で非常に効果的であったと感じています。
もう少し早期に光療法を導入していれば睡眠障害の改善も得られ、受験できた可能性もあります。ODは場合によって子供の人生を大きく左右する病気であることを再認識させられる症例でした。
まとめ
今回は、筆者が診療させていただいたODのH.Yさんについてご紹介しました。
H.Yさんの場合、受験のストレスや無理のある勉強方法が自律神経の乱れの原因になっていた可能性があります。そこに加えてODを発症してしまったため、受験を優先すれば治療が遅れ、治療を優先すれば受験のストレスで治療が遅れるという悪循環でした。
そういった場合、ストレスの原因を確かめて対処する必要があります。H.Yさんの場合、受験に対して早期から無理をしない決断をしてくれたことで治療が進んだ印象です。
また非薬物療法だけではなかなか改善しなかった睡眠障害については、光療法によるテコ入れが効果的であることを再認識しました。
ODは症状や経過が人によって異なるため、多くの体験談を知ることがみなさんの治療の糸口になるやもしれません。下記記事では他の体験談についてよくまとめられています。ぜひ参考にしてみてください。
光を活用せずに起立性調節障害を改善に導くのは難しい
https://odod.or.jp/kiritsusei-toha/od-5193/
↑ずれた起床時刻と就寝時刻を理想の時刻に戻すための方法を紹介
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