起立性調節障害(OD)という病気に頭を悩ませている方も少なくないのではないでしょうか?
起立性調節障害とは肉体が急激に発達する小学生高学年から中学生にかけての児童に発症しやすい身体疾患です。
肉体が急激に発達すると脳と心臓の距離が離れてしまい、脳への血流が低下しやすくなってしまいます。血液中には酸素やグルコースなど脳の機能維持に必要不可欠な栄養素がたくさん含まれているため、脳血流低下によって脳の機能が一時的に麻痺してしまいます。
その結果、めまい、ふらつき、嘔気、嘔吐、腹痛など様々な症状をきたす病気なのです。本来であれば、脳血流が低下しないように自動で交感神経や副交感神経などの自律神経が調節し合い、心臓を拍動させたり血管を収縮させる事で脳血流を維持します。
しかし、起立性調節障害の場合は本来活性化すべき交感神経が活性化してこないため、脳血流が低下してしまいます。特に、起床時や午前中に症状が出やすく、急に立ち上がると一気に脳血流が低下してしまいます。
起立性調節障害の厄介な点は、子供によって出現する症状にバラツキがあり、また改善するような治療方法にも個人差がある点です。これといった特効薬や決まった治療もないため、子供にとっても親御さんにとっても悩ましい病気だと思います。
そこで本記事では、多くの起立性調節障害の子供に対して医師として診療してきた筆者が、実際に起立性調節障害の治療に取り組んだ患者様を例に実体験をご紹介いたします。これによって少しでも起立性調節障害に苦しむ皆さんの一助となれば幸いです。
起立性調節障害を患っていた「S.T」さんの特徴
私が診察させていただいたS.Tさんは、当時中学1年生の男の子でした。小学校時代からサッカーに積極的に取り組み、スポーツ万能な子供として有名だったそうです。また勉強にも真面目に取り組む、文武両道で優秀な子供だったそうです。
親御さんから聞く本人の性格は、普段から明るく聡明な子供で、友達もたくさんいて自宅に連れてくる事も多いとのことでした。筆者と初めて対面したときも、親御さんから聞いた印象と相違ありませんでした。
出生後の発育や発達にも異常は認めず、生まれてからというもの大きな病気にかかった経験はありません。アレルギーや乗用薬なども認めず、健康そのものという印象でした。
起立性調節障害を患ったきっかけ・症状・対策・経過等
S.Tさんが最初に症状を自覚したのは中学1年生の夏ころでした。夏休み中ではあったものの、所属しているサッカー部の練習があったため、毎日のように朝早くから電車で学校に通っていたそうです。
しかし、ある日の朝、電車に乗っていると急に景色が回転するようなめまいとふらつきに襲われ、それと同時に倦怠感も出現し、電車の座席に横になってしまい、そのまま立ち上がれなくなってしまったそうです。
その時は周囲の人が異変に気付き、しばらくの間駅の医務室で休憩することになりました。1時間後に親御さんが迎えに来た時には、症状は比較的改善していました。当日は部活動はお休みして、そのまま午後に病院を受診したそうです。
近隣の総合病院に受診したところ、救急外来を受診するように言われ、救急外来にて各種検査や問診などを受けることになりました。また、この時症状はすでにほとんど改善していたそうです。
救急外来では、問診、身体診察、心電図検査、血液検査、頭部CT検査などが施行されましたが、これといった異常所見を認めず、症状も改善傾向であったため、自宅にて経過を見るように言われました。
また、症状が再燃するようであれば内科や小児科を再受診するように指示されたそうです。その日はそのまま症状が悪化することなく眠りにつきましたが、翌朝起床して立ち上がると昨日よりも強い症状に襲われたそうです。
通学できないほどのめまい、ふらつきを認め、症状を見た親御さんはすぐに近隣の小児科を受診するようにしました。近隣の小児科でこれまでの経緯を説明したところ、起立性調節障害の可能性が高いと指摘されました。
その後、小児科からの紹介で筆者の元を受診された時には発症時よりも症状が進行していて、倦怠感で立ち上がれない状態が続いていました。そこで、まずは確定診断のために、血液検査、心電図検査、新起立試験などを行いました。
事前に行われた検査結果と同様、血液検査で貧血など認めず、心電図検査でもこれといった異常は認めませんでしたが、新起立試験で起立時の血圧低下と脈拍の変化を認め、起立性調節障害と確定診断を下しました。
症状出現から起立性調節障害の診断に至るまで1週間ほどであり、非常に早い経過で確定診断がついたため、S.Tさん親子も安心していた様子でした。
起立性調節障害の治療の第1歩として最も重要なことは、親御さんと子供自身がしっかりと起立性調節障害という病気について理解することです。
起立性調節障害は周囲から見れば怠けているように見えることもありますが、あくまで身体疾患であることを理解してもらう必要があるからです。
冒頭で述べたように、起立性調節障害で症状が出現する機序などをS.Tさん親子に説明し、親御さんからの良好な理解が得られたところで、次に具体的な治療方法を説明しました。
起立性調節障害にはこれといった特異的な治療法はないため、非薬物療法を色々と試していく必要があります。
筆者がS.Tさんに勧めた非薬物療法としては、とにかく脳血流が低下しないように気を付けることと、規則正しい生活習慣を維持すること、偏りのないバランスの良い食事摂取を心掛けることです。
起立性調節障害は、身体の発達に対して自律神経の発達が追いつかずに脳血流が低下してしまうことが症状の原因であるため、極力起立時に脳血流が低下しないように日常生活から気をつける必要があるのです。
具体的には立ち上がるとき、しっかり飲水して時間をかけてゆっくりと立ち上がること、立ち上がる前に一旦座って症状が出ないことを確認してから立ち上がること、立ち上がっても前傾姿勢を保つことなどを伝えました。
立位の状態で症状が出現した場合は、両脚をクロスさせて血液が下肢に取られないようにするように指示しました。
また当時は夏休みであり、体調不良を理由に朝起きる時間や夜寝る時間が不規則になっていたため、規則正しい生活習慣に戻すように指示しました。起きられそうな時間を設定して、極力その時間に毎朝起きるようにしてもらいました。
夜も早めに眠れるように、就寝時間を24時と決めて、眠る1時間前にはスマホいじりは控えるように指示しました。
さらに規則正しい生活習慣の一環として、毎日3食しっかりと時間を決めて摂取するように指示しました。タンパク質、ビタミンなどの適切な量の摂取は自律神経を整える作用も期待できます。
これらの指示のもと1ヶ月近く非薬物療法を実施しましたが、倦怠感が強くなかなか非薬物療法を行うことが難しく、症状もあまり改善しませんでした。
幸いなことに夏休み中であり、授業や出席には影響が出ませんでしたが、S.Tさんの中には治療に対する不安や焦りもあったように感じます。
そこで、非薬物療法を実践してもらうためにも、一時的に症状を改善させる目的で血圧をあげる薬であるミドドリン塩酸塩の内服を開始してもらいました。
内服から1ヶ月が経過した頃には、以前よりも倦怠感が軽減し非薬物療法を積極的に実践できるまでになりました。
夏休み明けの通学には治療が間に合いませんでしたが、徐々に治療効果が得られて治療から3ヶ月経過した段階で朝の通学も再開できるようになりました。朝の起床時間も守れるようになり、ゆっくりと立ち上がれば症状は認めなくなっていました。
そこで、ミドドリン塩酸塩の内服を一旦中止としましたが症状が再燃しなかったため、11月には晴れて治療を終了としました。
効果があった対策
S.Tさんの場合、倦怠感が強く非薬物療法そのものをうまく実践できていないところが課題であり、特定の非薬物療法が効果を示したというよりも、薬物療法によって相乗的に効果を示した印象があります。
本来、起立性調節障害に対する薬物療法は根治療法ではありませんが、S.Tさんの場合は薬物療法によって症状が緩和し、非薬物療法に対する積極性が増してくれたお陰で治療が一気に改善しました。
まとめ
今回は、筆者が診療させていただいた起立性調節障害のS.Tさんについてご紹介しました。
S.Tさんの場合、非薬物療法がなかなか進まず最初は治療が進みませんでしたが、薬物療法によって症状が緩和し治療が一気に進んだため、非薬物療法の効果を得られるようになりました。
また、本人の治療に対する積極性や家族の献身性も治療に良い効果を示したと感じています。
起立性調節障害は症状や経過が人によって異なるため、多くの体験談を知ることがみなさんの治療の糸口になるやもしれません。下記記事では他の体験談についてよくまとめられています。ぜひ参考にしてみてください。