子供は大人と比較して免疫機能が弱く、身体的にも精神的にもまだまだ未熟であり、体調不良に陥りやすいと言われています。だからこそ大切なお子さんが体調を崩してしまうと、親御さんにとっても不安が大きいと思います。
実際に子供が大人より罹患しやすい病気の中には、咽頭結膜炎、感染性胃腸炎、手足口病、扁桃炎など様々な病気が挙げられ、どれも発熱や痛みを伴い、通院が必要になるため子供にとっても親御さんにとっても辛い病気だと思います。
今回ご紹介する起立性調節障害(OD)は、上記疾患の中でも非常に厄介な病気と言えます。起立性調節障害という病気は小学校高学年から中学生にかけて発症しやすい病気であり、この年代の子供のなんと約10%が罹患すると言われています。
この病気の厄介なところは、身体疾患であるにも関わらず症状に日内変動があり、午前中は症状が強いにも関わらず午後には比較的改善してしまうところです。夕方から夜間にかけては元気になるため、周囲から病気として認識されにくいのです。
さらに、子供によって出現する症状に多くのバラツキがあり、改善するような治療方法に個人差がある点でも厄介です。これといった特効薬や決まった治療もないため、子供にとっても親御さんにとっても悩ましい病気だと思います。
そこで本記事では、多くの起立性調節障害の子供に対して医師として診療してきた筆者が、実際にODの治療に取り組んだ患者様を例に実体験をご紹介させて頂きます。これによって少しでも起立性調節障害に苦しむ皆さんの一助となれば幸いです。
起立性調節障害を患っていた「R.T」さんの特徴
私が診察させていただいたR.Tさんは、当時中学2年生の男の子でした。小学校時代から運動に積極的に取り組み、スポーツ万能な子供として有名だったそうです。中でも、水泳には毎日のように通っていました。勉強はクラスの真ん中ほどの成績だったそうです。
親御さんから聞く本人の性格は、明るくて自分のことをなんでも話してくれる社交的な子供だったそうです。筆者と初めて対面したときも、あまり物怖じせず自分のことを色々と話してくれました。
生まれてからというもの大きな病気にかかった経験はなく、出生後の発育や発達にも異常は認めず、医学的には健康そのもので成長していました。むしろ、成長が順調すぎて、ここ1年で身長が15cnほど急激に伸びていたそうです。
起立性調節障害を患ったきっかけ・症状・対策・経過等
R.Tさんが最初に症状を自覚したのは中学2年生に進学した直後でした。当時、地元の中学校に自転車で通学し、夕方には水泳部で練習するか、部活がない日はスイミングスクールに通う日々を過ごしていました。
しかし、ある日の朝、いつものように起床して立ち上がったところ、めまいやふらつきを自覚し、それとともに嘔気を自覚してしまったそうです。特になんの前触れもなく発症し、発熱や痛みなどは自覚しませんでした。
嘔吐まで認めたため、親御さんの判断でこの日は学校を休むことにしましたが、午後になると徐々に症状が改善し、本人も活力が出てきたため病院には受診しなかったそうです。
むしろ、症状の改善したR.Tさんは夕方にはスイミングスクールに行きたいと言い、これによって親子間で若干の口論になったそうです。この日は大事をとるよう説得し、翌日以降の心配もしていませんでした。
しかし、翌朝になると再び同じ症状を認め、起床後にめまい、ふらつき、嘔気を認め立ち上がることができなくなってしまいました。結局その後数時間休んで、昼頃に遅れて通学しましたが症状はまだ残っていたそうです。
この日も夕方には症状が改善してしまい、夕方の部活動に参加して夜に帰宅したそうです。朝遅刻したにも関わらず部活動に参加したことで親御さんと再び口論になってしまったそうです。
この時、親御さんの中では「水泳で疲れているから朝起きる気がなく、サボっているだけ」と思い込んでいたそうです。それ以降も、朝なかなか起きてこないR.Tさんと口論が増え、喧嘩することも多かったそうです。
また、学校でも遅刻を繰り返すR.Tさんに対し指導が入ったり、同じ部活の友人からもサボっているのか聞かれることが増えたそうです。そんな中、症状はどんどん悪化していき発症から1ヶ月近く経った時には、通学が難しくなってしまいました。
水泳に行けなくなっても尚、朝起きることのできないR.Tさんをみて、親御さんもようやく「普通ではない」と感じたそうです。そこで、近隣の内科を受診し精査を受けたところ、起立性調節障害の可能性を指摘されました。
起立性調節障害という診断の元、筆者の元を受診された時は発症から時間が経過していたこともあり、すでにかなり症状が進行していました。そこで、まずは確定診断のために、血液検査、心電図検査、新起立試験などを行いました。
血液検査で貧血など認めず、心電図検査でもこれといった異常はありませんでしたが、新起立試験を実施した結果、起立時の血圧低下と脈拍の変化を認め、起立性調節障害の診断を下しました。
この時、周囲から「サボっているだけ」「やりたい水泳だけはやっている」と言われ続けてきたR.Tさんにとって、ようやく自分が病気であることが認められて、むしろ安心しているような様子だったのが印象的でした。
起立性調節障害の治療の第1歩として最も重要なことは、親御さんと子供に対して十分に疾患に対して理解を得てもらうことです。起立性調節障害の子供にとって、周囲から理解が得られないストレスは大きく、それが症状の改善を遅らせる要因にもなるからです。
親御さんの良好な理解が得られ、ようやく治療のスタートラインに立てたところで、次に今後の治療計画を伝えました。起立性調節障害の治療で最も重要な治療は非薬物療法であり、その内容や効果も子供によって個人差が大きいです。
筆者がR.Tさんに勧めた非薬物療法としては、起床時にゆっくりと立ち上がり脳血流の低下を防ぐこと、症状が改善する午後に水泳ではなく軽いストレッチに留めること、こまめに水分摂取することなどです。
R.Tさんの場合、ここ1年で15cmも身長が伸びていて、心臓と脳の距離が大きく離れてしまったために脳血流が低下しやすくなったことが発症の要因だと考え、極力脳血流が低下しないように日常の行動を気をつける必要があると考えました。
起床時に一気に立ち上がると急速に脳血流が低下してしまうため、立ち上がる前に座位で様子を見て、問題なければゆっくりと立ち上がることを徹底してもらいました。また、水分不足による脱水も症状を悪化させてしまうため、水分摂取もこまめに行うようにしました。
また、症状の改善する午後や夕方に水泳を行うと症状が出現したり、周囲からの病気の理解も得られにくいため、水泳は我慢して自宅でのストレッチを行うように指導しました。
運動不足による下肢の筋力低下によって、起立時に血流が下肢に多く取られてしまい脳血流が低下しやすくなるため避けるべきであり、特に下肢の筋力維持は治療の上で重要だと考えました。
また、R.Tさんは学校や友人から病気であることを理解されていないことに対して非常に強いストレスを感じていました。起立性調節障害はあくまで身体疾患ですが、ストレスは自律神経を乱してしまい症状の悪化につながります。
そこで、親御さんにも協力してもらい、学校や友人に病状を説明する機会を作ってもらい、通学が遅れたり途中で保健室に行くことへの理解を深めてもらうようにしました。
以上の非薬物療法を実施してもらい、治療から3ヶ月経った頃には症状がかなり緩和されてきました。その間、学校や友人のサポートもあり勉学にも大きな遅れをきたす事もなく経過しました。
治療開始から半年が経過した頃には朝の通学も問題なく、夕方には水泳も再開できるようになりました。
効果があった対策
R.Kさんの場合、最も効果のあった対策としては非薬物療法そのものというより、むしろ周囲の環境整備が効果的であったと感じています。親御さんをはじめとして、発症当時は誰も病気という認識はなく、ただサボっているだけと思われていることにストレスを感じていました。
起立性調節障害の子供にとって周囲から病気としての理解を得られない事は非常に辛い経験であり、友人や学校側から理解を得る事も治療として非常に大切であると実感しました。
理解を得た後は、友人が参加できない授業の資料を共有してくれたり、保健室で勉強することを許容してくれたため、学業に遅れをとることなく経過できた点も治療の後押しになったと感じています。
まとめ
今回は、筆者が診療させていただいた起立性調節障害のR.Tさんについてご紹介しました。
急激な身長の発達に対し、自律神経の成長が追いつかずに発症してしまった起立性調節障害ですが、午後になると症状が改善するためなかなか周囲から病気としての理解が得られにくい特徴があります。
R.Tさんの場合、まさに周囲から理解が得られず、それがストレスになりさらに自律神経が乱れてしまい、症状が悪化するという負のスパイラルに陥っていました。
しかし、その後の親御さんを通じた学校側への呼びかけもあって、周囲のサポートや環境が整ったことで治療が一気に進んだ印象もあり、改めて起立性調節障害は一人だけで治療する病気ではないと実感しました。
起立性調節障害は症状や経過が人によって異なるため、多くの体験談を知ることがみなさんの治療の糸口になるやもしれません。下記記事では他の体験談についてよくまとめられています。ぜひ参考にしてみてください。