起立性調節障害(OD)は、急激な肉体の成長に対して、交感神経や副交感神経などの自律神経の成長が追いつかず、起立時や起床時に脳血流が低下してしまう身体疾患であり、約10%の子供が発症すると言われています。
脳血流の低下に伴い、めまい、嘔気、ふらつき、倦怠感など様々な症状をきたす病気であり、子供によって自然軽快する子供もいれば、重症化してしまい通学や進級に支障をきたしてしまう子供もいます。
起立性調節障害の厄介な点は、経過や効果のある治療が子供によって異なる点であり、様々な治療を実践していく必要があります。そこで、他の起立性調節障害の子供の体験談は非常に参考になると思います。
本記事では、多くの起立性調節障害の子供に対して医師として診療してきた筆者が、実際に起立性調節障害の治療に取り組んだ患者様を例に実体験をご紹介いたします。これによって少しでも起立性調節障害に苦しむ皆さんの一助となれば幸いです。
起立性調節障害を患っていた「Y.M」さんの特徴
私が診察させて頂いたY.Mさんは、当時中学1年生の女の子でした。小学生時代から水泳部に所属し、放課後には毎日水泳クラブに通い、大会に出場するほどの選手だったそうです。学業は学年で中の中くらいだったそうです。
親御さんから聞く本人の印象はスポーツの大好きな明るく元気な女の子で、まっすぐな性格のようです。筆者と初めて対面したときの印象も親御さんの話と相違なく、ハキハキと自分の症状を伝えてくれる子供でした。
出生後の発育や発達に異常は認めませんでしたが、小児期に喘息があり時折発作を起こすこともあったそうです。現在は特に治療など行わず安定している状態でした。アレルギーや常用薬などは特にありません。
起立性調節障害になったきっかけ・症状
Y.Mさんが最初に症状を自覚したのは中学1年生の夏休みでした。当時は夏休みで学校はお休みでしたが、毎朝のように水泳部の部活に通う日々が続いていたそうです。
ある日の午前中、泳いでいる最中に突然前触れもなく倦怠感やめまい、嘔気を自覚したため、顧問に伝えてプールからあがり、プールサイドで横になっていたそうです。特に嘔気が強かったとのことです。
しばらく横になっていると症状が改善したため、再び立ち上がると症状が再度出現したため、その日は体調が悪いと判断して親御さんに迎えにきてもらい、帰ることになりました。帰りの車内でも症状は継続していたそうです。
その日は自宅で横になって様子を見ていたそうですが、午後になると徐々に症状が改善し、夕方には普段通り動き回ってもなんの問題もなかったそうです。一時的な体調不良だと考え、この時は自分の症状を比較的気楽に考えていたそうです。
しかし、翌朝起床して立ち上がると、前日と同じような症状に襲われて立ち上がれなくなってしまったそうです。学校に向かうことも困難であり、午前中は起き上がることもできなくなってしまったそうです。
この日も部活はお休みして、終日家で過ごしましたが、普段と違って体を動かさなくなったせいか、夜は体調も回復して元気な分、なかなか寝付けなくなってしまいました。夜中まで目が冴えてしまい、深夜まで眠れなかったそうです。
夜間の入眠困難のせいで、翌朝はなかなか起きれず、昼前まで寝てしまったそうです。結局、夏休み中ということもあり、症状が強い午前は寝て過ごし、午後から活動するような生活にシフトしてしまったそうです。
見かねた母親が、発症から2日後に病院に連れて行き、血液検査や心電図検査、胸部レントゲン検査など行い、新起立試験を経てODと診断されるに至りました。
この時認めていた症状は、特に起立時や起床時に強いめまい、嘔気、ふらつき、全身倦怠感などです。また、夜間の入眠困難と朝の覚醒困難も認め、睡眠の時間帯が後ろにずれ込んでしまっている状況でした。
治療内容・治療後の経過
起立性調節障害の治療には2本の柱があります。それは「患者教育」と「非薬物療法」です。「患者教育」とは、その名の通り患者さんやその家族にODという病気について適切に理解してもらうことを指します。
起立性調節障害はその疾患の特性上、一見すると怠けているようにも見えてしまい、時として心無い言葉をかけられてしまうこともありますが、病態はあくまで身体疾患であり本人の気持ちではどうにもすることができないのです。
起立性調節障害を治療していく上で、本人や家族がそのことをしっかりと理解しておくことが治療効果にも影響してくるため、患者教育は非常に重要だと考えられます。次に、「非薬物療法」についてです。
「非薬物療法」はその名の通り、薬物以外の治療方法を指し、起立性調節障害の場合は主に行動療法がそれに当ります。普段からの行動習慣で自律神経の乱れを戻し、脳血流の低下を予防できるように体を作り変えていくのです。
実際に筆者がY.Mさんに勧めた非薬物療法としては、立ち上がり方に注意すること、規則正しい生活習慣を送ること、脱水を避けるために積極的に飲水することなどです。
立ち上がる際、重力に伴って下肢に多く血液が流れ込んでいくことで心臓に返ってくる血液量が減ってしまい、脳血流が低下してしまいます。特に、寝ている体勢から急に立ち上がってしまうと脳血流の減少も顕著になります。
そこで、症状を予防するためには立ち上がり方に注意する必要があります。具体的には、起床後にすぐに立ち上がらずにベッド上で上半身だけ起こし、症状が出ないか様子を見た上で、ベッドから足だけゆっくりと下ろします。
ベッドから足を下ろしても問題なければ、30秒から1分ほどかけてゆっくりと立ち上がります。この際、頭をやや前傾にすることで脳血流の低下を防ぐことができます。
もし立ち上がった時に症状が出そうであれば、両脚をクロスさせて鼠径部を圧迫することで下肢に流れる血流を減らすことができるため、症状が改善する可能性があります。これらを指導し、実践してもらうようにしました。
次に、規則正しい生活習慣を送るように指導しました。起立性調節障害の子供は、午前中に交感神経が活性化してこないことで脳血流が低下してしまうため、どうしても午前中に症状が強く出て活動性が低下してしまいます。
そのため、朝ごはんは食べれず、日中に運動する機会も減ってしまい、逆に夜間には元気が出てきて寝つきが悪くなってしまいます。つまり、起立性調節障害は睡眠や食事、運動などの生活習慣に悪影響を与えてしまうわけです。
不規則な生活習慣は自律神経の乱れの原因にもなるため、起立性調節障害の症状そのものが悪化してしまう可能性もあります。そこで、規則正しい生活習慣を送るように、実行可能な範囲でいくつかの行動を指示しました。
具体的には、朝起きる時間を午前10時前にして毎日守ること、3食必ず摂取すること、午後に少しでも体を動かすこと、22時以降はスマホなどの光刺激を控えること、24時には就寝すること、などを実践してもらいました。
次に、脱水を避けるために積極的に飲水することを指導しました。特に夜間や睡眠中は飲水できないため脱水になりやすく、起床後の脳血流低下の原因になります。また発症時期が夏であったため、脱水に陥りやすい時期でした。
そのため、起床後は立ち上がる前に水を100ml以上飲むこと、日中や夜も意識的に飲水すること、運動中は積極的に飲水することなどを指導しました。
Y.Mさんにはこれらの非薬物療法を実践してもらい、飲水や立ち上がり方の変化によって比較的早期に症状は改善しました。特に、めまいや倦怠感、嘔気の頻度は減少していきましたが、乱れた睡眠だけはなかなか改善しませんでした。
元々体力のあったY.Mさんの場合、日中家で過ごしているだけでは自然な眠気が得られていない印象でした。そこで、治療開始から1ヶ月が経過した頃に光療法を取り入れることにしました。
光療法とは、午前中に特殊な器具を用いて脳に光刺激を与え、体内でのセロトニンの分泌を促す治療法です。大量に分泌されたセロトニンは、夜間になると睡眠ホルモンであるメラトニンの原料となるため、普段よりも多くのメラトニンが分泌される効果が期待できます。
さらに、光刺激によって体内時計がリセットされ、後ろの時間帯にずれ込んだ睡眠を元の時間帯に戻す効果が期待されます。光治療を開始した当初はなかなか効果が出ませんでしたが、8月末には徐々に就寝時間が早くなっていました。
9月には、通学可能な時間帯に起きることができるようになったため、一旦光療法は終了しました。終了後も睡眠時間に大きな乱れは認めなかったため、9月中旬から通学を再開しました。
通学中に多少の症状は認めましたが、その後の経過に大きな支障は認めず、冬には症状もほとんど消失し部活動も再開できたため、治療は終了となりました。
効果があった対策
Y.Mさんの場合、立ち上がり方を変えたことで比較的早期から症状の出現を抑えることができました。しかし、根本の原因である自律神経のバランスを整えるためには規則正しい生活が必要であり、非薬物療法だけでは難しかった印象です。
そこで、早期に光療法の導入に踏み切ったことで、生活リズムを整えることができ、自律神経の乱れを整えることができたため、非常にいい治療であったと感じています。
まとめ
今回は、筆者が診療させていただいた起立性調節障害のY.Mさんについてご紹介しました。
Y.Mさんの場合、非薬物療法が比較的早期に効果を示したため、めまいなどの症状はすぐに軽減しましたが、自律神経の乱れはなかなか改善せず睡眠の時間帯は乱れたままでした。
そういった場合、光療法を早期に導入するのは1つの良い選択肢です。光療法を行うことで規則正しい睡眠が得られれば、自律神経の乱れが改善されて起立性調節障害の症状にも効果をもたらす可能性があります。
Y.Mさんは光療法によって乱れた睡眠が改善し、朝も起きられるようになったため、夏休み明けに無事学校に通えるようになりました。光療法が起立性調節障害に奏功した一例でした。
起立性調節障害は症状や経過が人によって異なるため、多くの体験談を知ることがみなさんの治療の糸口になるやもしれません。下記記事では他の体験談についてよくまとめられています。是非参考にして見てください。
光を活用せずに起立性調節障害を改善に導くのは難しい
https://odod.or.jp/kiritsusei-toha/od-5193/
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