体調不良の際、多くの方は病院に行く前にインターネットで症状を検索するのではないでしょうか?
今や誰しもがインターネットであらゆる情報を検索可能であり、病院に行かなくても病気のことを知れる時代になりました。
風邪や腸炎のように一時的な病気ならまだしも、治療経過が長期に及ぶような病気の場合、同じような病気と戦っている人の情報は非常に心強く、貴重なものになります。そこで、今回ご紹介したい病気は起立性調節障害(OD)と呼ばれる病気です。
起立性調節障害は急激な肉体の成長によって心臓と脳の距離が離れてしまい、それに対して自律神経の反応が間に合わないため、起立時などに脳血流が低下してしまい、様々な症状を来す病気です。
10人に1人の子供が発症すると言われていて、特に肉体が急成長する小学生高学年から中学生にかけて発症しやすい病気です。しかし、中には中学生で発症して治らないまま高校生になる子供や、高校生で初めて発症する子供もいます。
起立性調節障害の厄介な点は、出現する症状に個人差があること、特定の治療法が存在せず治療経過にも個人差があること、身体の成長がある程度落ち着くまで比較的長期間症状が継続することなどが挙げられます。
そのため、発症した子供は長期間症状に苦しみ、通学や学業、交友関係にも支障を来し、場合によっては日常生活すらままならなくなるため、精神的に塞ぎ込んでしまう子供も少なくありません。
だからこそ、起立性調節障害に悩む親子はいち早く自分にあった治療法や対策を知る必要があり、その治療を実践していくことが重要です。そこで、他の起立性調節障害の子供の体験談は治療する上で非常に参考になります。
本記事では、多くの起立性調節障害の子供に対して医師として診療してきた筆者が、実際に起立性調節障害の治療に取り組んだ患者様を例に実体験をご紹介いたします。これによって少しでも起立性調節障害に苦しむ皆さんの一助となれば幸いです。
起立性調節障害を患っていた「K.Y」さんの特徴
私が診察させて頂いたK.Yさんは、当時高校2年生の女の子でした。もともと大人しく控えめな性格で、中学生時代から学業は優秀でしたがスポーツはあまり得意ではなく、部活動などには特に参加していませんでした。
親御さんから聞いた本人の性格は、大人しくあまり自身のことを積極的に発言するタイプではなかったそうです。筆者と初めて対面したときも、病気で弱っているせいもあってか、とても弱々しく感じてしまいました。
出生後の発育や発達にも異常は認めず、生まれてからというもの大きな病気にかかった経験はありません。中学生時代に、長時間立っていて失神してしまったことが2回ほどあったそうです。
起立性調節障害を患ったきっかけ・症状・対策・経過等
K.Yさんが最初に症状を自覚したのは高校2年生の9月頃でした。部活動には参加していないK.Yさんですが、日中は学校、夕方は塾に通い大学受験に向けて勉強に励んでいる時期だったそうです。
ある日、午前中に倦怠感を感じて保健室に行ったそうですが、体温などに異常を認めず、しばらく横になっていると体調が回復したため、そのまま授業に戻り夕方には塾にも通ったそうです。塾では特に問題なく過ごせたそうです。
翌朝起床すると、前日よりもさらに強い倦怠感を感じ、無理に起き上がろうとした際、意識が遠のくような感覚に襲われたそうです。中学時代にも2回ほど似たような経験をしており、当時は迷走神経反射と言われていたため、今回も迷走神経反射だと考えたそうです。
迷走神経反射であれば、少し休めば症状が改善することを知っていたため、しばらく家で休憩していたそうです。実際に、午後になると症状が改善したため、学校は休んで塾にだけ通ったそうです。
しかし、翌朝も再び同じような症状に襲われ、さらに今回は嘔気も伴ったため、明らかな異変を自覚して近隣のクリニックを受診しました。近隣のクリニックでは、簡単な問診と身体診察、血液検査、心電図検査などが行われました。
上記検査の結果、若干の貧血を認めたため、貧血に対する鉄剤の処方で経過を見るように言われたそうです。しかし、そこから3日経過しても症状は全く改善せず、特に午前中は食事も食べれなくなってしまいました。
「午前中や起床時に強い倦怠感と嘔気」「午後になると改善する症状」などから、貧血の診断に疑問を抱いていたK.Yさんは、自分のスマホで症状を検索して調べた結果、自分の病気は起立性調節障害ではないかと考え、親御さんに相談したそうです。
そこで、セカンドオピニオンとして筆者の元を受診する運びとなり、確かに起立性調節障害を強く疑う症状であったため、確定診断のために改めて血液検査、心電図検査、新起立試験などを行いました。
血液検査では甲状腺機能も評価しました。それらの結果、すでに軽度の貧血は改善されており、これといった異常は認めませんでしたが、新起立試験で起立時の血圧低下と脈拍の変化を認め、起立性調節障害と確定診断を下しました。
K.Yさんの場合、中学時代にも迷走神経反射を引き起こしており、起立性調節障害が発症しやすい体質であったと思われます。
起立性調節障害の診断がついたため、まずは前医で処方された鉄剤を中止し、K.Yさん親子に病気についての説明と、今後の治療方針について説明しました。
起立性調節障害では自律神経のうち、交感神経がうまく活性化しないことで、起立時に血圧や脳血流が低下してしまい症状が出現してしまいます。
高校生の女性では女性ホルモンのバランスが乱れることで自律神経にも影響を与えてしまい、症状が出現することも少なくありません。
そのため、いかに脳血流が低下しないように行動し、自律神経や女性ホルモンが乱れないように行動するかが治療の肝になり、これを非薬物療法と言います。特定の特効薬などが存在しないため、非薬物療法が治療の上で非常に重要です。
K.Yさん親子に指示した非薬物療法の具体的な内容としては、「規則正しい健康的な食事の摂取」「自分なりの時間割の設定」「今後の学業との向き合い方」などです。
K.Yさんが受診された際、すでに症状による食事摂取量の低下を認めており、体重も1週間で2kgほど低下している状態でした。そこで、午前中は難しいにしても、昼以降の積極的な食事摂取を勧めました。
実は、低栄養や痩せは女性ホルモンの分泌を低下させてしまい、女性ホルモンの乱れは自律神経の乱れにも影響します。そのため、食事摂取量の低下は起立性調節障害の症状を増悪させてしまう可能性があるのです。
特に、たんぱく質や鉄分、ビタミンなどの成分は自律神経を安定化させる意味で非常に重要な成分であり、親御さんにはこれらの成分を多く含んだ食事を作ってもらうように指示しました。
また、夜間は体調が回復しやすい時間帯ですが、暴飲暴食は体に良くないため、控えるように指示しました。
次に、自宅での過ごし方についてです。以前までは、通学と通塾が自分の時間割になっていたため、規則正しい生活を送ることができていましたが、長期間の治療のために自宅での生活となると生活習慣が乱れてしまいます。
そこで、自宅で過ごす際の自分なりの時間割を設定するように指示しました。具体的には、起床時間を決め、目が覚めてから立ち上がるまでの行動も一律にし、昼食時間や午後の運動時間、夕食時間などを無理のない範囲で設定してもらいました。
特に、起立性調節障害の子供では午後になると交感神経が活性化してくるため、就寝時間が遅くなる傾向にあり、さらに高校生や中学生は夜間にスマホやPCを触ることも多いため、より就寝時間が遅くなりやすいです。
就寝時間の乱れは自律神経の乱れにも影響するため、規則正しい生活を送ることが治療の一環になります。
最後に、学業との向き合い方についても話しました。特に高校生の場合、出席日数や取得単位が進学にも関わってくるため、中学生や小学生と比較して慎重に考える必要があります。
さらに、K.Yさんは塾に通い大学受験にも挑戦する予定でしたが、起立性調節障害によって学業に遅れを来す可能性が高く、高校3年生への進学が可能かどうかも不透明な状況になってしまいました。
そこで、可能な限り自宅で勉強すること、勉強中は脳血流が低下しないように座位を避けて床に座るように勉強すること、進学が難しいと判断した場合は進路についての悩みを親や医療機関に相談することなどを伝えました。
これは、学業の遅れという精神的ストレスが自律神経の乱れにつながるため、起立性調節障害にとって良くないからです。
当初は午前中横になることが多かったK.Yさんですが、これらの非薬物療法を行い、治療開始から2ヶ月ほどで自宅内では規則正しく生活できるようになりました。昼食以降の食事摂取量も回復し、体重も元に戻ってきました。
しかし、立ち上がりの際の症状は依然として続いていたため、30秒ほど時間をかけてゆっくり立ち上がり、その後も前傾姿勢を保つように指示しました。これらの行動は全て脳血流の低下を防ぐためのものです。
治療開始から4ヶ月ほど経過した頃、起床時の症状出現も減ってきたため、可能な範囲での通学の再開を指示しました。幸いなことに通学再開後も症状の増悪は認めず、治療開始から約半年で治療を終えることができました。
K.Yさんの場合、比較的短期間で通学を再開できたため、運よく進級には影響しませんでした。そのため、無事に高校3年生に進級することもできました。
起立性調節障害は再発することもある病気ですが、K.Yさんの場合大学受験が終わるまで再発を認めず、無事大学にも合格したそうです。
効果があった対策
非薬物療法の中でも食事療法の効果には個人差がありますが、K.Yさんの場合には一定の効果があったように感じています。食事摂取量を意識してもらったことで、体重も元に戻り、体重とともに症状も改善していった印象でした。
また、治療へのモチベーションが高くないとなかなか自分の時間割を守ることができませんが、K.Yさんの場合は自分の症状をネットで検索するほど治療への意欲が高く、自宅内でもできる限り時間割を守るように行動していたようです。
起立性調節障害は身体の成長がある程度落ち着けば自然軽快することが多い病気であり、K.Yさんの改善もあくまで自然軽快だった可能性は否めません。とはいえ、早期改善には非薬物療法への積極的な取り組みが必要不可欠であることを再認識させてくれる一例でした。
まとめ
今回は、筆者が診療させていただいた起立性調節障害のK.Yさんについてご紹介しました。
K.Yさんのように起立性調節障害を高校生で発症する方も少なくありません。高校生での発症は、その後の進路や将来に直接的に関わってきます。また、高校生くらいの年齢であれば自分の将来に不安を抱く自我もあります。
そのため、起立性調節障害の治療方針や、学校との関わり方、学業との向き合い方などを親御さんも含めて全員で共有しておく必要があり、そうすることで治療へのモチベーションも保てます。
まさに今、将来の不安を抱えながら起立性調節障害と戦っている方がいれば、ぜひ参考にしてみてください。
起立性調節障害は症状や経過が人によって異なるため、多くの体験談を知ることがみなさんの治療の糸口になるやもしれません。下記記事では他の体験談についてよくまとめられています。ぜひ参考にして見てください。