子供の病気に悩む親御さんも少なくないのではないでしょうか?
子供は身体的にも精神的にも未熟で、成人と比較して病気や体調不良に陥りやすいため、親御さんにとっては心配することも多いですよね。
また、子供の病気は重症化しやすい点でも不安は大きいと思います。例えば、下痢や嘔吐を繰り返す腸炎は、成人であれば数日で治ることがほとんどですが、子供は脱水に陥りやすく、腎不全に至ったり、最悪命を落とす可能性もあります。
どんな病気であれ重症化してしまうと治療に難渋し、経過も長引いてしまうため、重症化する前に対処することが大切です。特に、子供に多い病気である起立性調節障害(OD)は重症化すると非常に治療に難渋するため、注意が必要な病気です。
起立性調節障害は、急激な肉体の成長に自律神経の成長が追いつかず、様々な症状をきたす身体疾患です。成長に伴い脳と心臓の距離が離れてしまい、それによって脳血流が低下してしまう病態です。
心臓の動きや血圧、脈拍は自律神経でコントロールされていて、他にも体温、睡眠、内臓の運動など、人体の様々な生理機能を調整する役割を担っています。
本来であれば、脳血流の低下を察知して自動で自律神経が機能し、心臓を動かしたり血管を収縮させることで脳血流を維持するように働きます。
しかし、起立性調節障害ではその働きが不十分であり、脳血流が低下してしまうわけです。主な症状としては、特に起立時や起床時のめまい、ふらつき、嘔気、嘔吐、腹痛などであり、子供によって出現する症状にバラツキがあります。
また、起立性調節障害は肉体の成長が顕著な小学生高学年や中学生で発症することが多く、全体で10人に1人の子供が発症すると言われています。多くの子供では、薬に頼らない非薬物療法を行うことで自然に軽快していきますが、中には重症化して薬物療法や光療法が必要になる子供もいます。
起立性調節障害の厄介な点は、経過や効果のある治療が子供によって異なる点であり、様々な治療を実践していく必要があります。そこで、他の起立性調節障害の子供の体験談は非常に参考になると思います。
本記事では、多くの起立性調節障害の子供に対して医師として診療してきた筆者が、実際に起立性調節障害の治療に取り組んだ患者様を例に実体験をご紹介いたします。これによって少しでも起立性調節障害に苦しむ皆さんの一助となれば幸いです。
起立性調節障害を患っていた「T.K」さんの特徴
私が診察させて頂いたT.Kさんは、当時中学1年生の女の子でした。小学生時代から成績優秀で、中学受験を経て遠方の進学校に入学したばかりでした。また、スポーツも万能でバスケットボール部に所属していました。
親御さんから聞く本人の印象は明るく元気で自慢の子供だったそうです。筆者と初めて対面したときは症状が重く、かなり消耗していて持ち前の明るさはほとんど失われている印象でした。
出生後の発育や発達にも異常は認めず、風邪や腸炎をたまに患うくらいで、現在まで問題なく育ってきました。アレルギーや乗用薬なども認めず、健康そのものという印象でした。
起立性調節障害を患ったきっかけ・症状・対策・経過等
T.Kさんが最初に症状を自覚したのは中学1年生の6月で、当時はようやく新しい環境に馴染み、バスケットボール部の活動にも慣れ始めた時期でした。バスケットボールの練習のため、毎日のように朝練に参加していたそうです。
ある日の朝、いつも通り朝練のために早起きして電車に乗っていると、座っていたにも関わらずふらつきとめまいが生じ、意識が遠のくような感覚に襲われ、座ったまま横になってしまったそうです。
学校の最寄駅に着いた時にはある程度症状が改善していたため、一時的な貧血と考えたそうですが、立ち上がると再び症状が出現して動けなくなってしまったそうです。どうにか下車して駅で休憩させてもらったそうです。
迎えに来た親御さんは病院への受診を勧めましたが、駅で休憩中に症状が改善していたため、T.Kさんはその日は病院を受診せず、自宅で経過を見ることにしたそうです。しかし、その後も家で立ち上がるたびに倦怠感やめまいを自覚していたそうです。
翌朝も朝練のために起きたところ、今度は起床後すぐにめまいや気分不快感、ふらつき、全身倦怠感などの症状が出現したため、近所の小児科のクリニックを受診することにしたそうです。
小児科クリニックでは問診、身体診察、心電図検査、血液検査、胸部レントゲン検査などが実施されました。しかし、これらの検査ではこれといった異常を認めず、一時的な体調不良と診断されたそうです。
感冒薬を処方され、その日から自宅で経過を見つつ内服を開始しましたが、症状は改善するどころか急速に悪化していきました。2日後には午前中ほとんど動けなくなるまでに症状が強くなり、ほとんど寝て過ごすようになったそうです。
その反動で夜に眠れなくなってしまい、朝も起きる時間が遅くなっていったそうです。4日間経過しても症状が改善しなかったため、親御さんと相談して再度クリニックに受診したそうです。
再診した結果、睡眠障害を伴う自律神経系の疾患が疑わしいと言われ、発症から約1週間経過した時にセカンドオピニオンとして筆者の元に受診する運びとなりました。
これまでの経過や経緯を伺い、起立性調節障害を強く疑う所見であったため、確定診断のために血液検査、心電図検査、新起立試験などを行いました。
血液検査や心電図検査でこれといった異常は認めませんでしたが、新起立試験で起立時の血圧低下と脈拍の変化を認め、起立性調節障害と確定診断を下しました。
受診時は症状が重く非常に消耗している印象で、睡眠のリズムが乱れて睡眠相後退症候群に進行している印象でした。睡眠相後退症候群とは、なんらかの原因で極端に寝る時間が遅くなり、起床時間も遅くなる病気です。
T.Kさん親子には、起立性調節障害の病態や今後の過ごし方、病気の治療方針などについて詳しく説明しました。起立性調節障害の主な治療は特別な薬などではなく非薬物療法であり、本人が理解を持って行うべき治療だからです。
起立性調節障害について理解を深めてもらった上で、次に非薬物療法の具体的な内容についても説明させていただきました。
非薬物療法
実際に筆者がT.Kさんに勧めた非薬物療法としては、自宅内での時間割を設定し規則正しい生活を送ること、夜の光刺激を抑えること、可能であれば日中に体を動かすことです。
起立性調節障害は、午前中は症状が重く、午後になって遅れて交感神経が活性化してくるため、日中以降に症状が改善するという特徴があります。T.Kさんも、午前中に症状が重く、ほとんど家で寝て過ごしている状態でした。
夕方以降は比較的元気になり、睡眠時間が遅れてしまう子供も少なくありません。毎日繰り返していくと生活リズムがどんどん狂っていき、睡眠相後退症候群に進展していくため、自宅でも生活習慣を整える必要があります。
そこで、自宅内でも学校のように時間割を設定し、起床時間、朝食時間、午前中の過ごし方、昼食時間、午後の過ごし方、夕食時間、就寝時間などを細かく設定し、守ってもらうように指示しました。
次に、夜の光刺激を抑えるように指示しました。夜になると松果体という部位からセロトニンを原料にメラトニンというホルモンが分泌されますが、メラトニンは睡眠ホルモンと呼ばれ眠気を誘発します。原料であるセロトニンは日中に光をたくさん浴びることで分泌されます。
逆にメラトニンは光がなくなる夜間ほど分泌される特性を持ちます。そのため、夜にスマホいじりやテレビ鑑賞で光刺激が入るほど、メラトニン分泌が抑制されてしまい入眠が困難になっていくのです。
特に起立性調節障害の子供は夕方や夜間に活動性が増すため、スマホいじりやテレビ鑑賞などの娯楽時間が増えてしまう傾向にあり、注意が必要です。少なくとも就寝の2時間前までには光刺激を抑えることが重要です。
次に、可能であれば日中に体を動かすように指示しました。体を動かすことで筋力が維持され、筋力が維持されれば下肢への血流を抑えて脳血流が増加する可能性があるからです。また、運動には自律神経そのものを安定させる効果もあります。
さらに、日中に少しでも屋外に出て光を浴びることでセロトニンの分泌量が増加し、その結果夜間のメラトニン分泌量も増加するため、運動には睡眠を誘う効果も期待できます。
T.Kさんにはこれらの非薬物療法を実践してもらいましたが、開始当初は症状が重く、なかなか自分で設定した時間割を守ることができず、運動や屋外に出るのも難しい状況でした。
薬物療法
そこで、治療開始から1ヶ月後、一時的な症状改善の目的で薬物療法を実施し、塩酸ミドドリンの内服を開始しました。塩酸ミドドリンは一時的に血管を収縮させて脳血流を維持する治療薬です。
薬物療法を開始し、午前中の症状は若干の回復を認め、朝の起床時間を守れるようになりました。しかし、睡眠相後退症候群はなかなか改善せず、治療開始から2ヶ月経過しても夜間の入眠困難が改善しませんでした。
光療法
そこで、光療法も実施しました。光療法とは、午前中に特殊な器具を用いて脳に光刺激を与え、睡眠ホルモンであるメラトニンの原料となるセロトニンの分泌を促す治療法です。夜間になると普段よりも多くのメラトニンが分泌される効果が期待できます。
また、光刺激によって体内時計のズレを修正できるため、夜眠れない起立性調節障害の子供の睡眠リズムが是正される効果も期待できます。実際に、光療法を実施して間も無く、T.Kさんは設定した就寝時間を守れるようになりました。
その影響で起床後も症状があまり生じず、治療開始から3ヶ月が経過した頃には内服療法が中止となりました。内服療法中止後も症状の増悪を認めず、治療開始から4ヶ月が経過した頃にはほとんど完璧に時間割を守れるようになっていました。
午後には屋外を歩いたり、自宅で軽い筋力トレーニングを行えるまでに症状が改善し、食事摂取量も増加してきたため、治療開始から5ヶ月が経過した頃にようやく通学を再開しました。
通学当初は、走ったり長時間立っている時に症状が出現することもあったそうですが、時間の経過とともに症状の出現頻度も減りました。治療開始から約半年が経った頃には、ほとんど発症前と変わらない状態にまで改善したため、治療は終了となりました。
効果があった対策
T.Kさんの場合、発症当初の症状は他の子供と比べて明らかに重く、指示した非薬物療法をなかなか実践することができませんでした。薬物療法を導入しましたが、めまいなどに一定の効果を示したものの睡眠のリズムは改善しませんでした。
そこで、早期に光療法の導入に踏み切ったことが功を奏しました。光療法で生活リズムが改善し、それによって非薬物療法も積極的に行えるようになりました。
重症化している子供には、光療法も良い選択肢になることを再認識できた一例でした。
まとめ
今回は、筆者が診療させていただいた起立性調節障害のT.Kさんについてご紹介しました。
起立性調節障害は肉体の成長が落ち着いてきた時期に自然に軽快することの多い病気ですが、中には重症化してしまう子供もいます。重症化してしまうと、非薬物療法を実践することも難しくなってしまうため早期から治療介入することが大切です。
T.Kさんの場合、早期から治療を始められたお陰で重症化せずに済みました。また、薬物療法や光療法は非薬物療法を補う意味でも、重症化リスクの高い子供には早期から取り入れるべき治療であると感じました。
特に、光療法は薬などを用いずに規則正しい生活習慣を取り戻し、自律神経を安定させることができるため、起立性調節障害の治療として非常に良い選択肢だと感じました。
光を活用せずに起立性調節障害を改善に導くのは難しい
https://odod.or.jp/kiritsusei-toha/od-5193/
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