子供は大人と比べて腹痛や嘔気など体調不良を訴えやすいですが、なかでも起立性調節障害(OD)は子供が、特に小学生高学年から中学生の時期に罹患しやすい病気であり、様々な症状を訴える病気です。
起立性調節障害の厄介なところは、人によって症状の出方や訴えが異なり、特効薬もないため症状が改善する方法にもバラツキがあるという点です。これといった治療が存在しないため、症状を緩和させる方法を色々と試す必要があるのです。
そこで、多くの親御さんは他の起立性調節障害に罹患した子供や親御さんがどのように治療に取り組み、どういった効果が得られたのか知っておくべきだと思います。
なかには誤った認識や方法で、子供にとって良くない方法を試してしまうケースも散見されます。そこで今回は多くの起立性調節障害の子供に対して医師として対応してきた筆者が、実例をもとに起立性調節障害について解説します。
親御さんが一人で悩みを抱え込むことなく、親御さんにとって最も気になるであろう介入方法やそれに対する子供の経過などについてもご紹介していきます。
起立性調節障害を患っていた「N.H」さんの特徴
私が診察させて頂いたN.Hさんは、当時高校1年生の男の子でした。中学時代まではサッカー部に所属し、部活動に熱心に取り組むとても活発で明るい元気な男の子でした。また成績も優秀でした。
親御さんから聞く本人の性格は面倒見がよく優しい子でしたが、初対面の人を前にすると人見知りをすることがあるとのことでした。実際に筆者と対面した時も、少し照れていて伏し目がちなところがありました。
特に出生や出生後の成長発達は問題はなく健康に育ってきて、風邪や腸炎には罹患したことがあっても大きな持病を抱えているわけではありませんでした。親御さんから聞いた事前情報は至って健康、というのが筆者のN.Hさんに対する第一印象でした。
起立性調節障害を患ったきっかけ・症状・対策・経過等
<高校1年 4月下旬>
N.Hさんが最初に症状を自覚したのは高校に進学した4月下旬頃でした。
高校入学とともに徐々に午前中起きるのが怠くなって来て、起き上がるとめまいを起こすようになってしまい、4月下旬頃には登校するのが難しくなって来たのです。
当時はまだ高校進学から間もない時期であり、まだまだ新しい環境に馴染めず、友人関係の構築や部活動のスタートにおいて大事な時期でしたが、症状が辛くて参加できなくなってしまい本人に焦りもあったようです。
そこで、親御さんと相談し近所の内科を受診したところ、めまいについては専門外と言われ小児科を紹介されました。紹介先の小児科では、貧血や耳鼻科疾患の可能性があると言われ血液検査を行い、めまいに対する薬が処方されました。
後日、血液検査の結果を聞きに再受診するも貧血は認められず、数日間の内服でもめまい症状は改善しませんでした。高校進学から間もない時期でもあったため、当初の診断は「適応障害疑い」として治療が始まりました。
適応障害とは環境の変化になじめず様々な不定愁訴が生じる精神疾患であり、十分な精査を行うことなく抗うつ剤や抗不安剤の内服がスタートしてしまいました。しかし、内服後症状は良くなるどころか、さらに悪化したそうです。
<高校生1年 5月上旬>
5月上旬には完全に不登校になってしまい自宅で過ごす時間が増えたことで、昼頃に起床し夜中まで寝なくなってしまったそうです。また、めまい以外にもふらつきや嘔気、頭痛など様々な症状が出現し始めたそうです。
そういった経緯から、N.Hさん親子は通院している小児科に不信感を抱き、5月中旬頃に筆者の元を受診する運びとなりました。
今までの診断や治療の流れを聞き、治療ではなく診断から改めて考え直す必要があると考え再度症状や身体診察を行ったところ、起立後の血圧低下を認め、それに伴って複数の症状が出現していることが分かりました。
以上のことから、起立性調節障害を最も疑い、同様の症状が出やすい貧血、甲状腺機能低下症などについては精査しました。血液検査で甲状腺機能は正常、貧血は認めず起立性調節障害の診断としました。
<指導内容>
今まで他院で処方されていた抗うつ剤などは起立性調節障害に対しむしろ有害な可能性が高く中止とし、N.Hさんと親御さんに診断に至った経緯や起立性調節障害という病気について説明し、どうしたら症状が改善するか説明しました。
起立性調節障害に罹患する多くの子供は自然軽快するため、まずは薬物療法よりも非薬物療法を行い症状の変化を見るように指導させて頂きました。
N.Hさんの場合、特に不登校になってから生活リズムの乱れが顕著であったため、ある程度症状の緩和する午後に軽い運動を行い、就眠直前のスマホいじりは避けるように指導しました。
また、嘔気によって食事摂取量が低下しており十分な栄養を取れていない可能性が高いため、タンパク質を中心とした積極的な食事摂取を勧めました。
起立後に症状が特に出やすいため、普段よりゆっくり立ち上がったり、立ち上がった後も前傾姿勢を保つように指導しました。通学困難に対しては、学校に提出するための診断書も発行しました。
治療開始から1-2ヶ月で徐々に食欲や生活習慣は改善しましたが、起立直後のめまい症状は取れず薬物療法としてミドドリン塩酸塩を処方しました。ミドドリン塩酸塩は血管を収縮させるため起立後の低血圧を避ける効果が期待されます。
筆者の印象では、ミドドリン塩酸塩を内服したとしても症状が劇的に改善するようなことは稀ですが、運良くN,Hさんは内服後めまい症状がかなり改善しました。処方開始から1ヶ月後には、午前中でもある程度活動的に行動できるようになったのです。
そこで、ミドドリン塩酸塩を半錠に減量しましたが症状の悪化は見られることなく、2ヶ月後にはミドドリン塩酸塩の内服を終了しました。内服終了後もめまい症状やふらつき、嘔気などは認めず治療開始から約5ヶ月で通学を再開することができました。
効果があった対策、効果がなかった対策
今回の治療において、特に効果があったと実感しているのは積極的なタンパク質の摂取と起立前の飲水です。タンパク質の摂取は自律神経の成長を促す効果が期待でき、飲水は血圧の低下を予防する効果が期待できます。
どちらも、患者さんによってその効果には差がありますが、N.Hさんにはとても効果的な治療だったと感じています。また就寝前のスマホいじりを辞めたことで睡眠の質が上がり、起床時間を徐々に早めることができました。
これは、N.Hさんの疾患に対する理解と治療への意欲があるうちに実践してくれたことが早期改善の肝だったと感じています。逆に、N.Hさんの場合ゆっくりと起立したり、立位のまま足をクロスさせるような非薬物療法に関しては効果を実感できませんでした。
まとめ
今回は、筆者が診療させていただいた起立性調節障害のN.Hさんについてご紹介しました。
最終的にどの治療が症状改善の決め手だったのかははっきりしませんが、起立性調節障害は時間経過とともに軽快することが多い病気であり、薬物療法による後押しもあり軽快に至ったと考えています。
起立性調節障害は症状や経過が人によって異なるため、多くの体験談を知ることがみなさんの治療の糸口になるやもしれません。下記記事では他の体験談についてよくまとめられています。ぜひ参考にしてみてください。