親御さんにとって、大切なお子さんが病気で苦しんでいる姿を見るのは子供が何歳になってもとても辛い経験だと思います。
風邪や腸炎などの一過性の病気ならまだしも、がんや先天性の病気のように長期間の治療が必要な場合は、なおのこと不安が大きいと思います。
子供が長期間の治療を要する病気として、起立性調節障害(OD)という病気をご存知でしょうか?
起立性調節障害はなんと10人に1人の子供が発症すると言われており、小児がんや先天性疾患に罹患するよりもさらに高頻度で罹患する可能性があり、決して他人事の病気ではありません。
実際に多くの子供が起立性調節障害に苦しみ、その子供を支えるために親御さんも日々奮闘しています。そもそも起立性調節障害は、急激な肉体の成長に自律神経の発達が追いつかず、起立時や起床時に脳血流が低下してしまう病気です。
脳血流の低下に伴って立ちくらみやめまい、起立困難や倦怠感、嘔気、嘔吐など様々な症状が出現します。身体の成長がある程度落ち着くと、自律神経の機能が追いついて症状も改善するため、比較的長期間症状と向き合っていく必要があります。
起立性調節障害の厄介な点は治療期間だけでなく、出現する症状や効果のある治療法が子供によって大きく異なる点でも悩まされる病気です。また、症状が辛くて通学できない場合、高校生では進学できなくなることもあり、将来にも影響してしまいます。
このように、起立性調節障害は子供本人はもちろん、親御さんにとっても辛い経験になりかねない病気です。そのため、起立性調節障害に対して正しい知識を持って早期から適切な対応を取ることが非常に重要です。
また、効果のある対策が個々の身体によって異なるため、様々な非薬物療法を実践して治療を進めていく必要があります。そのため、他の起立性調節障害の子供の体験談は非常に参考になると思います。
そこで本記事では、多くの起立性調節障害の子供に対して医師として診療してきた筆者が、実際に起立性調節障害の治療に取り組んだ患者様を例に実体験をご紹介させて頂きます。これによって少しでも起立性調節障害に苦しむ皆さんの一助となれば幸いです。
起立性調節障害を患っていた「H.N」さんの特徴
私が診察させて頂いたH.Nさんは、当時高校2年生の男の子でした。小学生時代から成績優秀で、中学受験を経て中高一貫の進学校に通っていました。中学生時代からテニス部に所属し、文武両道で友達も多い子供だったそうです。
親御さんから聞く本人の印象は努力家で友達も多いが、反抗期でここ数年は親子の会話が少ないとのことでした。筆者と初めて対面したときも、親御さんとの会話は少なく、自分の症状だけを端的に伝えてきたのが印象的でした。
出生後の発育や発達にも異常は認めず、小児期の喘息に対して治療したことはありますが、現在は全く問題なく治療も行っていません。アレルギーや乗用薬なども認めず、健康そのものという印象でした。
起立性調節障害を患ったきっかけ・症状・対策・経過等
H.Nさんが最初に症状を自覚したのは高校2年生の5月でした。進学校に通っているため、大学受験に向けて本格的に勉強を始めた時期であり、日々勉強と部活に励んでいる時期だったそうです。放課後には塾に通っていました。
ある日、友人とテニスの朝練をするために普段よりも早起きをして、通学のために電車に乗っていたとき、なんの前触れもなく目の前が真っ暗になるようなめまいが生じ、全身の倦怠感と嘔気に襲われたそうです。
その際、あまりの嘔気に電車内で嘔吐してしまったそうです。近くにいた人が駅員を呼び、次の駅の休憩所に運ばれることになりました。休憩所で横になると症状が改善し、その日は迎えにきた親御さんとともに帰宅しました。
親御さんは病院への受診を勧めましたが、すでに症状が改善傾向であったため、H.Nさんは病院を拒否して自宅で経過をみることにしたそうです。実際に、その日の夜にはほとんど症状が消失したため、一時的な体調不良と考えていたそうです。
しかし、翌朝起床すると再び症状が出現しました。目が覚めてベッドから起き上がると、昨日の電車内と同じようなめまい、嘔気、倦怠感に襲われ、すぐにベッドに横になってしまったそうです。
親御さんが共働きであったため、その日は近隣のかかりつけの内科病院を一人で受診したそうです。病院では問診、身体診察、血液検査、心電図検査など実施されましたが、明らかな異常を認めませんでした。
病院では、起立時の症状出現と、横になると症状が改善することから、良性発作性頭位めまい症と呼ばれる耳鼻科疾患の可能性があると言われ、後日耳鼻科を受診するように言われました。
その後も症状は改善することなく、親御さんに話して学校も休んでいたそうです。発症から3日後、紹介された耳鼻科を受診して検査を受けると、良性発作性頭位めまい症の可能性は低く、むしろ自律神経系の疾患の可能性を示唆されたそうです。
良性発作性頭位めまい症の場合、横になっていても頭を動かすだけでめまいが出現しますが、H.Nさんの場合は横になっていれば症状は出現せず、起立時や座位の時だけ症状が出現していたからです。
そこで、セカンドオピニオンとして筆者の元に受診する運びとなりました。これまでの経過や経緯を伺い、起立性調節障害を強く疑う所見であったため、確定診断のために血液検査、心電図検査、新起立試験などを行いました。
血液検査や心電図検査でこれといった異常は認めませんでしたが、新起立試験で起立時の血圧低下と脈拍の変化を認め、起立性調節障害と確定診断を下しました。
受診時には発症から1週間以上が経過していて、学校や塾に通えないことや、特に午前中身動きの取れない日々に対して強いストレスを感じているようでした。過度なストレスは自律神経に悪影響を与え、起立性調節障害の症状を悪化させる可能性もあります。
そこで、少しでもストレスが和らぐように、起立性調節障害という病気がどういった病気なのかしっかりと説明し、今後どのような治療を行っていく必要があるのか、本人と親御さん両方に入念に説明しました。
まず、起立性調節障害はあくまで身体の成長による身体疾患であり、受験のストレスややる気の問題ではないということを理解してもらいました。その上で、治療には特効薬など存在せず、身体の成長がある程度落ち着くまで非薬物療法が治療の中心となることを説明しました。
非薬物療法の主な役割は、自律神経の乱れを改善させること、起立時に脳血流が低下しないようにすることなどが挙げられます。治療の目的をしっかりと理解してもらうことで、効果の向上が期待できます。
実際に筆者がH.Nさんに勧めた非薬物療法としては、起床時の立ち上がり方に注意すること、学業との向き合い方、親御さんに対するサポートの依頼などです。
起立時に勢いよく立ち上がってしまうと、血液が重力に従って下肢の方向に多く取られてしまいます。起立性調節障害は脳血流の減少が原因であるため、逆に言えば起床時の立ち上がり方に注意することで、症状の出現を予防することもできます。
朝起きたら横になったまま、水分を摂取するように指導しました。睡眠中は知らぬ間に発汗しているため、起床時は脱水になりやすく、脳血流が低下しやすい状況です。そのため、起き上がる前に水分を摂取し、少しでも脱水を防ぐ必要があります。
水を飲んだ後は、ベッドで上半身だけゆっくり起こして、症状が出ないことを確認します。その後、両足をゆっくりとベッドの脇に下ろし、そこから30秒〜1分ほど時間をかけて立ち上がるように指導しました。
立ち上がった後も極力前傾姿勢を保ち、頭を少しでも低い位置に置くように指導しました。また、両足をクロスして股を圧迫することで、下肢への血流を減少させることができるため、立位の症状出現時は行うように指導しました。
次に、H.Nさんにとって重要な学業との向き合い方についても相談しました。H.Nさんは進学校に通っているため、周囲のほとんどの友達も大学受験をするそうで、学業の遅れが本人にとって強いストレスになっているようでした。
起立性調節障害の治療においてストレスは大敵です。起立性調節障害はストレスが原因で発症するわけではありませんが、ストレスが原因で症状が悪化する病気だからです。そこで、いかに学業を維持するかについて話しました。
これまで学校や塾で行なっていた勉強は在宅に切り替え、家で勉強する時は椅子に座らず床にクッションなどを敷いて勉強するように指導しました。また塾や学校に掛け合い、勉強資料を自宅に送ってもらうようにすることを提案しました。
また、起立性調節障害は治療が長期間に及ぶことも少なくありませんが、高校生の場合出席日数によっては進級できなくなる可能性もあることを親御さんに伝えました。
さらに、非薬物療法は特別な薬を使用するわけではないため、治療を最もサポートできるのはその家族です。特に、親御さんのサポートは必要不可欠であり、H.Nさんの食事や学校への諸連絡などサポートすべきことはたくさんあります。
そこで、H.Nさんの親御さんには共働きよりもどちらかお一人は家にいてあげたほうが良いことをお伝えしました。もちろん共働きには経済的理由もあるため、あくまで提案でしたが、H.Nさんのお母様が仕事を休職することになりました。
以上の非薬物療法を実施しましたが、治療開始当初はなかなか非薬物療法が身につかず、勢いよく立ち上がってしまったり、椅子に長時間座ってしまいました。しかし、親御さんの献身的なサポートもあり、徐々に身についていきました。
治療開始から2ヶ月が経過した頃には起床後のめまいなどが改善していき、在宅での勉強によって大きく学業が遅れることもありませんでした。治療から4ヶ月が経過した夏休み明けには通学を再開でき、最終的には約半年で治療は終了しました。
効果があった対策
H.Nさんの場合、本人はもちろんのこと親御さんのサポートが非常に有効であったと感じています。思春期の親子であり、元々はあまり会話も多くありませんでしたが、起立性調節障害がきっかけで会話する機会も増えたようです。
また、H.Nさんの場合、立ち上がり方を変えたことで症状が改善したため、学業にも大きな影響が出ずに済みました。また、治療期間に夏休みを挟んだため、出席にも大きな影響が出ず、無事に進級することができました。
まとめ
今回は、筆者が診療させていただいた起立性調節障害のH.Nさんについてご紹介しました。
起立性調節障害は小学生から中学生にかけて発症しやすい疾患ですが、H.Nさんのように高校生で発症することも珍しくありません。高校生での発症の場合、進学や進級に関わり、場合によって将来を左右する事態にもなります。
しかし、最も重要なことは将来ではなく、現在の病気を適切に治療することです。そのためには親御さんがしっかりサポートしてあげる必要があります。H.Nさんの親御さんは休職して支えてくれたため、H.Nさんが早期回復できたのだと感じています。
起立性調節障害は子供のみならず、親御さんの協力が治療の上で非常に重要であることを再認識させられた一例でした。
起立性調節障害は症状や経過が人によって異なるため、多くの体験談を知ることがみなさんの治療の糸口になるやもしれません。下記記事では他の体験談についてよくまとめられています。ぜひ参考にしてみてください。