大人が会社や家庭で様々なストレスを抱えながら生きているのと同じように、子供も子供の世界の中で受験や勉強、友人関係、いじめなど様々なストレスに耐えながら日常生活を送っています。
特に思春期に差し掛かる小学校高学年から中学生頃の子供のメンタルはとても繊細で、こういったストレスに対する耐性がない為、周囲が思っている以上に精神的ダメージを追ってしまうことがあります。
そんな中、本人や周囲の努力だけではどうにも出来ずに襲ってくるストレスもあり、主に健康上の被害や家庭内トラブルなどがこれにあたります。これらのストレスは幼い子供のメンタルに容赦無く襲いかかります。
特に起立性調節障害(OD)と呼ばれる病気はその疾患の特性上、小学校高学年から中学生の子供が罹患しやすい病気であり、場合によっては発症してしまった子供の人生にも大きく影響を与えるため注意が必要です。
起立性調節障害は、身体の急激な成長に自律神経の発達が追い付かず様々な生理機能が乱れてしまう病気です。原因が身体の成長である以上、防ぎようもなく発症してしまう身体的な病気なのです。
さらに厄介な点は、発症した子供によって症状の出方や改善方法などにばらつきがある点です。自然軽快する子もいれば、重症化して進学が難しくなってしまうような子もいるのです。
そこで本記事では、多くの起立性調節障害の子供に対して医師として診療してきた筆者が、実際に起立性調節障害の治療に取り組んだ患者様を例に実体験をご紹介させて頂きます。
起立性調節障害に対する様々な治療法や改善法を知ることは、起立性調節障害の子供やその親御さんにとって非常に有意義なことであり、これによって少しでも起立性調節障害に苦しむ皆さんの一助となれば幸いです。
起立性調節障害を患っていた「K.M」さんの特徴
私が診察させていただいたK.Mさんは、当時中学2年生の男の子でした。小学生の時から運動神経が抜群で地元でも有名なバスケットプレイヤーで、中学入学後もバスケットボール部で主力として活躍されていたそうです。
親御さんから聞く本人像は、とにかく部活動に熱心でスポーツ大好きの快活な男の子だったそうです。また、地域の有名なバスケットクラブに所属し将来的にプロを目指しているほどの選手でした。
筆者が初めて対面したときの第一印象は、親御さんから聞いた本人像とは異なる印象でした。症状のせいなのか快活さは失われており、暗く塞ぎ込んでしまっているような印象を強く受けたのです。
出生後の発育や発達には一切問題ありませんが、ここ1年で身長が20cm近く伸びていることが唯一の身体的特徴と言えます。指摘されているアレルギーや、内服中の常用薬などもありません。
起立性調節障害を患ったきっかけ・症状・対策・経過等
K.Mさんが最初に症状を自覚したのは中学2年生の7月頃でした。夏休み中に部活動に通う通学中のバスの中で急にめまいを感じて立てなくなってしまったそうです。この時、バスケットの全国大会まで数週間という時期だったそうです。
発症した当日はバスで椅子に座り、少しすると症状が改善したため部活動には顔を出したものの、運動は難しそうだったのでその日は体調不良として帰宅して就寝したそうです。熱や寒気などの自覚症状はなかったそうです。
しかし、翌朝になって起き上がると再び立ちくらみのような症状が出現し、前日の症状よりもさらにひどい症状に襲われたそうです。症状としてはめまいや立ちくらみ、嘔気も伴っていました。
その日も部活動に参加することはできず、全国大会前の体調不良に非常に焦りを感じたK.Mさんは親御さんに相談して近くの内科のクリニックを受診することになりました。
近くのクリニックでは、まず貧血や甲状腺の病気の可能性があるため心電図や血液検査で詳しく検査を行う方針となりました。その日は特に何も治療は行わず1週間後に再受診することになりました。
その間、K.Mさんの症状はさらに悪化し、特に午前中に強く出現するめまいやふらつきのせいで動けず、午後には若干改善するも運動するようなレベルではなかったそうです。また嘔気によって食欲も低下していました。
しかし、1週間後の再受診でクリニックからは「血液検査や心電図検査では特に異常を認めず、むしろ全国大会を前に控えたメンタルの病気の可能性がある」と言われてしまいました。この言葉に親御さんは愕然としたそうです。
バスケットが大好きで大会を楽しみにしていた子供が精神的ストレスを抱えているとは考えにくく、ご自身でネットで調べたところ、「午前中に強いめまい」を引き起こす病気として起立性調節障害を知り、子供の症状と類似していることから起立性調節障害を強く疑ったそうです。
そこで、筆者の元を訪れたK.Mさんに対して新起立試験などを実施した結果、起立時の血圧低下と脈拍の変化を認め、新たに起立性調節障害の診断を下しました。
まさに親御さんのファインプレーだったと思います。診断が付いたため、治療の上で非常に重要な疾患への理解を深めてもらうための説明を行いました。おそらく、急激な身長の増加が発症のきっかけになったことを説明しました。
K.Mさん親子は前医で精神疾患の可能性を示唆されたことを気にされていたので、私の説明である程度安心してくれたような印象でした。次に、実際の治療法として非薬物療法についてもいくつか指示させて頂きました。
起立性調節障害は身体の急激な発達によって脳と心臓の距離が離れることで、脳の血流が低下しやすくなることが発症の誘因です。そこで、脳血流が低下しないように日常的に行動療法を行うことが非常に重要なのです。
K.Mさんに対して指示した非薬物療法としては、起床後にすぐに立ち上がらず座った状態で症状が出ないか様子を見ること、問題なければゆっくりと前傾姿勢で立ち上がること、立ち上がった後も極力頭部を低位置に置くことなどです。
また、しばらく部活動や運動は難しいため控えることも指示しました。全国大会直前の時期に酷な判断ではありましたが、本人も納得してくれたため治療の邪魔にならずに済みました。
他にも、食欲低下を認めていたため少なくとも夏休み中は家で栄養豊富な食事を摂取するように伝えました。そのためには親御さんの協力が必要不可欠で、低糖質低脂質、高タンパクでビタミンやミネラルの豊富な食事を作るように伝えました。
また、夏休み中は自宅て規則正しい生活を送り、症状が比較的改善しやすい午後には可能であれば軽いエクササイズをするに留めるように伝えました。
以上の非薬物療法を実施してもらった結果、K.Mさんの症状は夏休みの間に、午前中でも起き上がれるほどには回復しました。しかし、急に立ち上がったり立位が長引くと症状が出現してしまう状態は変わりありませんでした。
夏休み明けに通学することを目標としていましたが、9月に入っても普段通りの時間に通学することは難しく、部活動を一旦休部する形で治療に専念する方針となりました。
その後、食欲は比較的改善し、中学3年生に入る頃には以前と同様の食欲が戻っていました。また、症状もかなり改善傾向にあり、基本的には問題なく通学できるほどに回復していました。
最終的には、中学3年生の5月頃にほぼ自然軽快し、立ち上がったり長時間の立位でも症状をほとんど認めなくなったため、部活動への復帰を果たしました。
余談になりますが、その後治療を終えたK.Mさんのバスケットにおける活躍は目覚ましく、中学3年生でも主力として再び全国大会への出場を決めました。
効果があった対策
正直なところ、K.Mさんの場合ゆっくり立ち上がる、前傾姿勢などの非薬物療法は確かに症状を緩和させていたようですが、確かな効果を示した実感はこれといって得られませんでした。
何より、K.Mさんの場合中学1-2年生にかけて急激な身長増加を認めており、中学3年生で身長の伸びが落ち着いたことが症状の改善に寄与したのではないかと考えています。
改めて、起立性調節障害は精神疾患ではなく身体疾患であることを思い知らされた一例でした。
まとめ
今回は、筆者が診療させていただいた起立性調節障害のK.Mさんについてご紹介しました。
起立性調節障害は子供の人生を大きく左右しかねない病気です。K.Mさんはとても大切な時期を治療に専念することになってしまいました。人によっては進学にも影響を及ぼしてしまいます。
今回のケースでは、自然に軽快していったためバスケットを再開できました。とても大切な時期に休部を決断できたK.Mさんの治療への熱意がこの結果を生んだと感じています。
起立性調節障害は症状や経過が人によって異なるため、多くの体験談を知ることがみなさんの治療の糸口になるやもしれません。下記記事では他の体験談についてよくまとめられています。ぜひ参考にしてみてください。