起立性調節障害(OD)は小学生高学年から中学生にかけて5-10%の子供が発症すると言われており、これといった特異的な治療方法があるわけでもないため、多くの親御さんや子供にとって悩ましい病気だと思います。
特に、起立性調節障害に罹患した子供の症状は午前中の倦怠感やめまいなどが挙げられますが、午後になると改善してくる場合も多く、「病気である」と周囲から認識されにくいこともこの病気の厄介なところです。
親御さんが疾患に対する理解や知識に乏しい場合、どうしても子供に叱責してしまい、その結果ストレスを感じた子供はさらに症状が悪化してしまうケースも多いため、起立性調節障害という病気をよく理解することが非常に重要です。
なかでも、約1%の子供では起立性調節障害の症状が重症化してしまい、症状のみならず登校や人間関係の構築にも支障が出てしまい、将来の進路にも影響が出てしまう可能性もあります。だからこそ、親子二人三脚でできることをやるべきです。
起立性調節障害の厄介なところは、子供によってその症状に多くのバラツキがあり、改善するような治療方法も個人差がある点です。逆に言えば、他の人の経験を盗んで色々と試してみる価値もあります。
そこで本記事では、多くの起立性調節障害の子供に対して医師として診療してきた筆者が、実際に起立性調節障害の治療に取り組んだ患者様を例に実体験をご紹介いたします。これによって少しでも起立性調節障害に苦しむ皆さんの一助となれば幸いです。
起立性調節障害を患っていた「R.K」さんの特徴
私が診察させて頂いたR.Kさんは、当時中学2年生の女の子でした。小学校時代は学業にもスポーツにも積極的に取り組み、親御さんにとって手の掛からない子だったそうです。また友人も多い子供だったそうです。
親御さんから聞く本人の性格は、明るくて自分のことをなんでも話してくれる社交的な子供だったそうです。筆者と初めて対面したときも、あまり物怖じせず自分のことを話してくれました。
生まれてからというもの大きな病気にかかった経験はなく、アレルギーや常用薬などもありませんでした。出生後の発育や発達にも異常は認めず、医学的には健康そのもので成長していました。
起立性調節障害を患ったきっかけ・症状・対策・経過等
<中学1年 3月頃>
R.Kさんが最初に症状を自覚したのは中学1年生の終わりころでした。なんの理由もなく、運動中や立っている時間が長いと、めまいやふらつきを自覚するようになったそうです。
当時、初めての生理を迎えたばかりの時期ではあったそうで、本人の中ではそれが原因で症状が出ているのだと思っていたそうです。しかし、月経を終えても症状は良くなるどころか悪化して行き、運動時以外にも症状が出るようになってきたそうです。
<中学2年 4月頃>
中学2年生に進級した頃には、午前中や起床時から症状が出現するようになり、めまいやふらつき、全身の倦怠感などで通学するのも厳しかったそうです。親御さんは一時的な体調不良と考え、学校も休ませていました。
しかし、徐々に学校を休む頻度が増えて行き、「学校に行きたくない」ではなく「学校に行きたいけど行けない」という子供の声を聞き、初めて親御さんはただ事ではないと感じたそうです。
そこで、R.Kさんは近隣の内科を受診しました。しかし、問診の結果から初潮を迎えたばかりで女性ホルモンが不安定になっている可能性があると言われ、鉄剤の処方のみで診療が終わってしまったそうです。
鉄剤を内服しても一向に症状は改善せず、生理周期と関係なく症状が出現するため、現在の状況に不安を感じたR.Kさん親子は、セカンドオピニオンで筆者の元に受診する運びになりました。
初めて受診された時は、R.Kさんが中学2年生の5月頃で、主な症状は午前中の倦怠感、めまい、ふらつきでした。また、それに伴い食事摂取や運動習慣は落ちてしまっていました。鉄剤の内服はすでに中止されていました。
そこで、生理による影響や貧血よりもまずODを強く疑い、新起立試験などを実施した結果、起立時の血圧低下と脈拍の変化を認め、新たに起立性調節障害の診断を下しました。
起立性調節障害の治療の第1歩として最も重要なことは、親御さんと子供に対して十分に疾患に対して理解を得てもらうことです。なぜなら、今までの長期間の経過や、治らないかもしれないという不安が子供には重くのしかかっているからです。
良好な理解が得られ、明確な検査結果も提示できたためR.Kさん自身はショックよりも安心の方が大きいと言ってくれたのが印象的でした。そこで次に、治療として最も重要な非薬物療法についても指導しました。
<治療開始(非薬物療法)>
具体的には、摂取量が落ちていた食事や飲水を積極的に行うこと、可能であれば散歩程度の軽い運動を行うこと、起立時には注意して起き上がることなどです。
まず、子供はあまり塩分が強い食事を好みません。しかし、塩分がないと体の中に水分を保つ力が低下してしまい、起立時の脳血流低下を誘発しやすくなってしまうのです。そこで、少し塩分のある食事を積極的に摂取するよう伝えました。
それとともに、飲水は積極的に行うように伝えました。子どもの体重が30kgの場合では1日1.5リットル、45kg以上では2リットル程度の飲水が必要になります。
次に、運動については症状を増悪させる可能性もあるため、あくまで可能な範囲で行うように伝えました。適度な運動は筋肉量を維持してくれるため、血液の巡りを良くして起立時の脳血流低下を防ぐ効果が期待できます。
また、乱れた自律神経を整える効果も期待できるため、無理のない範囲で行うべきです。
最後に、日常生活における姿勢にも注意するよう伝えました。特に起立時は脳血流が低下しやすいため、いきなり立ち上がらずに、30秒ほどかけてゆっくり起立した方が安全です。また歩き始めもなるべく頭位を前屈させて、脳血流が低下しないように配慮するように指導しました。
以上の非薬物療法を実施してもらい、治療から2ヶ月経った頃には症状がかなり緩和され、運動は難しいにしても午前中の倦怠感やめまいは自覚することも減ってきました。治療から半年経った頃には通学は全く問題ない程度まで改善しました。
治療開始から1年でほとんど発症前と変わらずに生活できるようになり、非薬物療法が奏功した1例でした。
効果があった対策
R.Kさんの場合、まず疾患に対する理解力が大きかった点が効果的でした。「これをすれば良くなる」「これをすると悪くなる」ということを本人が理解しようと前向きだったため、非薬物療法に対しても前向きに取り組んでくれました。
また、飲水習慣を身に付けたことも効果があったように思います。治療に入る前まで、あまり水分を摂取する意識が無かったようで、症状が出やすい状態だったのです。
運動療法については、治療当初は症状を誘発してしまい難しかったものの、そのほかの非薬物療法が進んで行くにつれ、自宅でのちょっとした運動や散歩が出来るようになりました。これも有効だったと感じでいます。
まとめ
今回は、筆者が診療させていただいた起立性調節障害のR.Kさんについてご紹介しました。
起立性調節障害のなかでも特に女児の場合、生理時期と起立性調節障害の発症時期が被りやすく、また生理に伴う貧血や女性ホルモンのバランスの乱れは起立性調節障害と症状が類似しているため、誤診されやすいことは理解しておく必要があります。
しかし、結果としてはR.Kさんに関しては短期間に非薬物療法が奏功したため、子供にとっても親御さんにとっても満足度の高い治療が行えたと感じています。
特に、R.Kさんは疾患に対する理解力と、「治したい」という意欲が強かったことが、この結果を得られた最大の理由だと感じています。
起立性調節障害は症状や経過が人によって異なるため、多くの体験談を知ることがみなさんの治療の糸口になるやもしれません。下記記事では他の体験談についてよくまとめられています。ぜひ参考にしてみてください。